第08話 ズルいお手本 Ⅲ

 飛空挺で私達が四の試練へ向かう途中、脇を蒸気機関車が走っていく。

 一瞬二度見したが、あのフォルムは見間違えるはずもない。

 【メカニック】の探偵さんのものだ。

 煙突から煙を黙々出しながら飛空挺を超える速度で走り抜けていった。


 何あの人しれっと空を飛んでるんだか。

 いや、メカが空を飛ぶことが変と言ってるんじゃなくて、側の方に問題があるというか。



「父さん、今のって?」


「まず間違いなく私の同級生だね」


「やっぱり。一瞬目を疑ったけど、あの航空速度でそれなりに人数を運べるのって凄いわね」


「でもあれメカニックだから出来るんだよ? メカニックだからって自らを乗り物にしようと思う人はあんまりいないと思うけど」


「だから盲点だったのよ」


「そんなもんかね」



 娘の思考がいまいち分からない。

 だが裏を返せば安全に陸海空を行ける列車があればぜひ利用したいと思ってしまったのだろう。

 現実的に無理な話だからこそ、そこにはロマンが詰まってる。

 実にあの人らしい理想の集大成というわけか。



「こっちきたからそうかなって思ってたけど、やっぱり目的地は同じだった様だね」


「そうね」



 娘はすっかり探偵さんの奇行にアテられてしまっているようだ。普段のキリッとした表情がどこか緩んでいた。



「おや、何か飛空挺とすれ違ったと思えば少年じゃないか。奇遇だね」



 雲の上の停泊地に、機関車を横付けしながらまた別の乗り物の上に乗っていたのはノーマルボディの探偵さんだった。

 しかし彼一人ではなく、



「こんにちわ、マスター。いいお日柄で」


「こんにちわー」



 クラメンであるカネミツ君と時雨シグレ君も同席していた。

 しかしその乗り物は席が四つあることから察するに、もう一人乗せる予定があるのだろう。

 誰かは想像に容易いが、今のうちから外堀を固めていこうというのが目に見えた。

 探偵さん、やる気だな?


 私やジキンさんにアテられたか。

 はたまたスズキさんに笑われないためか。

 今日の探偵さんは一味違う様だ。



「やぁ、家族揃って天空ツアーかな?」


「はい。息子や孫がぜひ見てみたいということで」


「それよりも探偵さん」


「何かな?」


「ノーマルボディとメカって同時に併用できるんですね。知らなかった」


「ああ、これ?」



 そう、メカニックの肝と言えば自らが精神体になり、メカを新たな肉体にして操るというものだった。


 しかし現状彼はノーマルボディを制御中。

 どうして乗り物の方も制御できて居るのか意味がわからなかった。

 そこでカネミツ氏が割って入ってきた。

 目を爛々と輝かせて饒舌に話し出す。



「実は父はメカニックの裏技を発見したんですよ」


「ほぅ?」



 裏技……それは説明にないルールを違う目的で扱う方法。

 抜け道やズルと言った卑怯な手だ。

 探偵らしからぬマナー違反と言えよう。

 しかし同級生の長井君はそういう男だ。

 どうやら今の彼は少年探偵の方ではなく、祖父として彼らの前に立って居るのだと察した。



「単純な話だよ。ロボットにあって乗り物にないものってなーんだ?」


「えっと? オートパイロットシステムとかですかね? 自動制御できるかの問題?」


「残念。AIを積めば単純作業くらいロボットにも出来るよ」


「えっと、じゃあなんなんですか?」


「それは目的の差だ。自分で設計できるロボットって難しく考えれば単純戦闘だけじゃなくて複雑な可変機能とかギミックとか搭載したいものだろう?」


「ええ、それがメカニックの魅力ですし」


「けれどそれを戦闘に用いるとどうにもある程度オートパイロットモードじゃ十全に扱えない。ランクⅠのAIの行動パターンにも限界がある。だからパイロットが乗り込んで補佐をするのさ。あっちに行きたいとか、死角をついて斬撃攻撃をしたいとか。物足りなく感じてしまうところを埋めていく感じだ」


「なるほど。要は人間ほど細かい動きの指示が出せないわけですね。それで精神体が必要と?」


「僕はそう考えている」


「でも乗り物なら行動が単純だからAI積めば制御も可能だと?」


「その通りだ。その上アトランティスで用意されてる武装は基本的に大きく設定されている。それに合わせるとロボットも巨大化していくんだよ。でも武器を積まなければ小型化できるんだ」



 こんな風にね、と四人乗りのタイヤのない自動車のフレームをノックした。

 なるほど。メカニックの利点はメカに自分の理想を押し付けることだったか。

 一から全てを設計出来る人にはまたとない好条件が揃っている。


 一見して巨大ロボットだけがメリットと思われがちだが、確かにこれは裏をかいてきたな。



「それで家族サービスと言うわけですか」


「この年までそれらしい事をして貰った覚えはないですけどね」



 カネミツ君……

 思わず涙が出そうになってしまった。

 いや、私も彼を責められた立場じゃないけどね。



「少年も言っていただろう? 今まで構ってやれなかった分の罪滅ぼしと。年甲斐もなく考えさせられてね。僕には何がしてやれるだろうかとずっと考えていた。そこでこのジョブならではの利用法を思いついたと言うわけさ」


「それじゃあご一緒にどうです? うちの娘のクランも効率化を求めていまして。その上で私の手伝いはいらないと言うんですよ」


「じゃあ、助手席乗ります?」


「ナビはしないけど良いんですか?」


「ナビなら最高のアトランティス製のが入ってるさ」


「そういえばそうでした」



 うっかりしてましたと一笑いしてから助手席に乗り込む。



「じゃあ私はそう言う事だから。頑張ってね?」


「それを横で見られてる人の気持ちをもう少し考えてみたらどう?」



 娘の表情は見たこともないくらいの怒気に包まれていた。



「あーあ、怒られちゃった」


「その原因を作ったのはいったいどこの誰だと思ってるんですか」



 仕方ないので娘のパーティーに入りつつ、輸送で落ちすぎない様に気持ち下から風操作で援護してやってクリアを補佐した。

 その横をスイーっとオープンカーに乗ってゴールした私達を娘が鬼の形相で睨んでくる。


 だが効率厨の娘達を大絶賛してる人達もいる。

 それがカネミツ君と娘の時雨シグレ君だ。

 聞けば当初からのファンだったらしい。

 その上で娘とは歳も近くて憧れがあるのだとか。


 世の中狭いね。実は割と近しい関係だったよ。



「流石精巧超人の皆さんだ。足場がなくても効率だけでここまで進めるのは流石です!」


「こんな頭のおかしい人たち相手にキレずによくゴールできますね。逆にビックリです。どんなメンタルしてるんですか?」



 えっ、今私も含めて言った?

 探偵さんとシグレ君を交互に見ながら、探偵さんは肩を竦めて返答した。

 普段からこんな感じらしい。


 ええっ、マリンとは真逆の性格すぎて逆にびっくりしてるんだけど。

 その内反抗期が来たらマリンもこんな感じになってしまうんだろうか?

 もしそうなったら私はきっと立ち直れなくなってしまうだろう。



「良かった。父さん達に染められてない人も居てくれて。そうなのよ、言っちゃなんだけどこの人達頭おかしいの。こちらの想像を簡単に超えてくるのよ。せっかく取ったデータもパアにしてくるの。嫌になっちゃうわ」


「わかります。毎度毎度重要情報丸投げしてきて、あとはよろしく頼むねの一点張りで……」


「その光景が目に浮かぶわ。あまり公にできない機密もポンと寄越してくるのよ?」


「こっちは機密オブ機密の連続で。ひどい時なんて一週間も間を開けずに投げてくるんですよ?」


「苦労してるのね」


「お互いに頑張りましょう」


「そうね」



 なんだか知らないところでジェネレーションギャップが生まれてしまっているようだった。

 世代の垣根の溝は知らないところで大きくなってしまっているようだ。



「なんだか私達悪者みたいですね?」


「それで話がうまく転がるんなら良いじゃない。必要悪ってやつだよ」


「やるせないなぁ」



 この人はこの人で平常運転だし。

 



 そんなこんなで四の試練を後にして五の試練に向かう。

 ここからは重力操作を駆使して全員分の称号獲得を狙った。

 移動は探偵さんに任せた。


 もうタイムアタックとかどうでも良くなっていたみたいだ。

 娘達は諦めの境地で理解の範疇を超えた乗り物に揺られて五の試練を無事にクリアした。


 そのあと重量の最適な割り出しをチェックしていく。

 最適解は割と簡単に出た。

 もともと調査中というのもあったが、全員が重力制御を扱えるというのも功を奏したのだろう。


 重力操作を得たらスクロールを一種類減らせるのも大きい。

 ただ、六の試練は正直運の連続だしなぁ。



「正直二度と通いたくないよね、ここ」


「いっそ列車で乗り入れるか?」


「幅があるので無理じゃないですか?」


「この乗り物を連結させれば良い! さぁ楽しくなってきたぞー」



 迷案を繰り出す探偵さんに私のみならず全員が不安そうな顔を浮かべた。

 ストックあるんだ? このオープンカー。

 こうして私達はウォー◯ージェットマウンテンさながらの緊張感の連続に赴くことになった。

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