第5話 疎遠の娘と Ⅱ

「…………」


「………」



 気まずい沈黙が続く。

 パープルが私の権限で立てたショップに次女を連れてきて顔を合わせてからと言うものの、一言も発せない沈黙が続いた。

 会う前はあれこれ話そうと言う気持ちが湧いてきたのに、あった直後から全く言葉が出てこないのだ。

 

 焦る。

 そして悪手に走る。

 まずは挨拶だけでもしようと気軽に手をあげた。

 が、無視である。

 流石に私もショックが大きく、その場で跪きそうになった。

 やはり娘で私を好いていてくれるのはパープルだけなのか。

 この子は私に振り向いてくれないのかと無念ここに極まれり。



「もう、なんなのよこの空気! なんで二人ともそんなに意固地なの?」



 堪えきれなくなった仲介役のパープルが叫びだす。



「お姉ちゃんはもっと自信を持って!」


「無茶言わないで」


「本当はお父さん大好きな癖して、いつまで心に蓋をしておくつもり!? お父さん、今は元気だけどすぐに寝たきりになっちゃうかもしれないよ!?」



 その横暴なまでのフレーズに娘はショックとばかりに固まった。同様に私にもダメージが来る。

 パープル、君、私をそんな風な目で見てたの?



「そうなの?」



 ここに来て一転、心配そうな表情で覗き込まれた。

 そんな訳ないじゃない。あと二十年は生きるつもりでいるよ。

 でも、このチャンスを逃すなとパープルにウィンクされて状況を利用するべく動き出す。



「実は少し関節が痛くてね。今はこうしてゲームで元気に遊べてるけど、家ではあまり動き回れないんだ」


「…………ッ」



 嘘は言ってない。実家暮らししてる時に比べれば明らかに運動不足だ。寝室から家の中ぐらいしか動いていない。腰は治ったが、孫のタックルが容赦なさすぎて節々が痛いのは本当である。



「ごめんなさい、父さん。私、ずっと父さんと仲直りしたかったの。でも、顔を見たらその言葉が引っ込んじゃって。あの時すぐにあの言葉を撤回すればよかったって思ってるうちに、どんどん月日が流れていって……」



 あの時というのはこの子が出張帰りに放った言葉だ。

 父さんは母さんより仕事の方が大事なのか。だったら仕事と結婚すればよかったんだって、当時は母さんの負担を心配してくれているのだと思っていた。でも彼女的にはその言葉は撤回しておきたい言葉だったと、後悔していると彼女の口から伝えられた。

 はぁ、本当に私たちは親子だな。

 呆れるくらいにそっくりだ。



「怒ってないよ。あの時の君のセリフは確かにグサリと来た。でもそれだけだ。亜耶は母さん思いの子だものなぁ、家に帰らぬ私なんかより母さんを優先するのは当たり前だと思う」


「違うよお父さん、お姉ちゃんはずっとお父さんの帰りを待ってたの。でもなかなか帰ってこなくて、寝過ごすことが多かった。お父さんはあたし達姉妹からちゃんと好かれてるよ。ちゃんとお父さんとして認知してる。お父さんさんだけが頑なにそれを拒んでた。自分には資格がないと逃げていた!」



 パープルの言葉が胸に刺さる。

 それは本当か。なんて事だ。私は既に許されていたのか。

 それを知らずに私は自分から距離を置いた。

 向こうの気持ちを踏みにじっていた。

 我ながらひどい父親だ。嫌われても仕方ない。



「ごめん、父さん。本当は誰よりも先におかえりなさいって言いたかった。でもいつも寝ちゃって、起きた頃には私の欲しかったプレゼント置いてある。また言葉をかけ損ねたって気持ちが募って、ようやく会えた時に口をついて出た言葉があの言葉。一番驚いたのは自分。何言ってんだろう、こんなの全然本心じゃないって何度も頭の中で言い訳して……」


「そうだったのか」



 気づけば私は彼女の頭に手を置いていた。

 ぽんぽんと触れるか触れないかぐらいのタッチ。

 亜耶はそれを受け入れながら優しく微笑んだ。

 そこへパープルが横入りしてくる。



「あ、ずるい! お父さんあたしも!」


「こらこら、良い年した女性がはしたない。君にはオクト君が居るだろう?」


「オクトさんとは別物なのよぉ」


「君ね……」


「うふふ、おっかしい」



 パープルが割って入ってきたことに対し、亜耶が笑い出した。



「ごめん、笑っちゃって」


「良いさ。パープルはそれだけのことをしたんだ。私を好いてくれるのは嬉しいけどね。もう少し世間体を気にしなさい」


「そうよね、パープルはもっと自重すべき」


「えー、なんでよー」



 少しだけ、ほんの少しだけ彼女との溝が狭まった気がした。

 それからはトークも軽やかになっていく。

 姉妹で協力し合って素材の採集とそれを使った錬金術のアイテム提供で赤の禁忌を盛り上げてくれると約束してくれた。



「あ、そういえば父さん」


「何かな?」


「一応こっちではフィールで通ってるから。本名はNGね」


「心得た。ではフィール」


「うん」


「父さんは少し出かけてくるよ」


「六の試練?」


「ああ、そうだ。まだどんなところかわからないけどね」


「ん、いってらっしゃい」


「お土産期待してるー」



 娘二人に見送られて、今日の私は向かう所敵なしの心地で出立した。




「遅刻ですよ、マスター」



 開口一番、待ち合わせ時間の超過を指摘されるも、今の私は無敵だ。痛くも痒くもない。こんな事で目くじらを立てる心の狭い男ではないよ、今の私は。



「サブマスターは気持ちに余裕がないですね。それじゃあ奥さんから呆れられてしまうよ?」


「お、今日の少年は強いな。何かいい事でもあったかな?」


「内緒です」


「いよいよ次は六の試練ですね! 確かお日様があったところでしたよね?」


「うん、そうだ。過去に下調べした段階で全くこれっぽっちも手掛かりが掴めなかった場所でもある。眩しすぎてスクリーンショットを構えると目が潰れることからバン・ゴハン氏が騒いでいたのを覚えている」


「鳥類旅行記の人ですね。良いなぁ、鳥の人。生で見たことありません」


「君達が出会ったらどっちが捕食者か生死をかけた生き残りの真剣勝負をしそう」


「やだなーそんな訳……いや、待てよ?」



 探偵さんの指摘にスズキさんは考え込み、そう言えば鳥類って魚類の天敵だよなとか考え始めた。スズキさん、それ以上先に行っちゃダメですよ。だめだ、聞いてない。



「あまりに待ちぼうけをくったのでオババ様には既に六の試練に向かうよう通達済みですよ」


「流石サブマスター」


「調子のいいことばかり言って。それで、少しくらい攻略出来そうな見積もりはあるんですか?」


「ないよ、そんなもの。私たちは常に行き当たりばったりだ」


「威張らないでくださいよ。全然自慢になりゃしない」


「実際に誰一人調査に赴いてないんだ。手探りでいくしかないんだよ」


「ま、いつも通りですね」


「ですねー。いつも通りです」



 のんびりとした口調で私達は[六の試練]へと赴いた。

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