第49話 三の試練/蜃気楼 Ⅵ


 あれから赤の禁忌を往来するプレイヤーは増えていた。

 前までは協力を結んだクランメンバーを多く見かけたが、最近では張っていた布石がうまいこと回収されたようで見知らぬプレイヤーも居た。


 相変わらず私は有名人な様で、会う旅に声をかけられる。

 進捗を聞かれることは多いけど、ボチボチだと答えれば、皆自分にもまだチャンスがあると意気込んでいた。


 やはり一番最初にクリアしたプレイヤーと言うのは大変名誉なことなのだろうね。みんなが手探りで進めているところで出し抜いたと言うことなのだから。

 でも順番よりも、クリアする事に意味があるんだよ。ここの試練は。

 一の試練のクリア者が10人目を出したあたりで私は重い腰を上げる事にした。

 だいぶ空の上に人をあげることができた。これでいつうっかり大型レイドボスを発掘しても対処できるだろう。

 

 そこが一番のネックだったんだ。

 ファストリアの時はまだ人が集まってくれる土台があった。

 でも空の上ではそれがない。

 クラン協定を組もうと集まってくれたプレイヤーの多くは空という付加価値に商売っけを出した人が多く、本気で攻略してやろうなんて人はないに等しかった。


 だから選りすぐりを集めて活気づけた。

 それでも街としてみるなら赤の禁忌は“狭い”。

 本来は街としての機能はなく、殆どが防衛手段を目的とした機動要塞だ。プレイヤーが大多数入り込むことを想定していない。

 だから私は赤の禁忌を介さずに空を自由に行き来する乗り物を求めた。


 結局のところ無い物ねだりをするプレイヤーは後を経たない。

 全員が全員暇を持て余してるわけもなく、学生組の様にエンジョイ勢が手をつけるには些か一点特化し過ぎたプレイを求められる。

 だからこその手助けとして、クラン協定を組んでくれたメンバーにはある程度情報を開示する前提で動いてもらっている。

 全部が全部でなくていい。

 相手の興味を引く情報を小出しで、それでいて自分たちのうまみも出していけと言ってある。


 現にオクト君や金狼氏、山本氏はうまく立ち回ってくれている。この中でも一番の功労者はさっさとフィールドマップを完成させたイスカ氏だろう。あれの有無で攻略組の活気も大きく変わってきている。そしてそれを流用した山本氏の機転も素晴らしい。自動航行システムを搭載しろなんて言ってないよ、私は。

 

 過去を苦笑しながら思い出し、重い腰をあげる。

 一番最初に迎えに行ったのはサブマスターであるジキンさんだ。前のめりになりすぎる私を引き止めてくれるのは彼しか居ないと思っているからこその誘いである。



「サブマスター、いい加減に三の試練を終わらせてしまいましょう」


「時間稼ぎはもういいので?」


「おや、バレてたんですか?」


「どこか物足りなさそうな顔をしていましたので」



 全くこの人は。話してないことまで察しているのだから。



「これ、ウチの奥さんの新作です」


「頂こうか」



 返すように差し出されたのは軽食だった。



「ホットドッグ?」


「に、みえますが別ものです。僕は騙されたのでマスターもぜひ騙されてください」


「ええ、怖いな~」



 最初の一口はパンじゃなかった。

 どう見たってパンなのに、食感はうどんの麺である。

 プリプリのウインナーを勢いのまま噛み砕くと、何故か口の中にツユが溢れた。しっかりと出汁がとってある黄金のツユを思い起こさせる。そう、これは……



「ウドンですね」


「キツネウドンですよ」


「なんで汁物がこんなコンパクトに固形化してるか分かりませんが……」


「そいつが料理の真髄って奴さね」


「作ったご本人がそう言われるのならどうでしょう。しかしこの調理アイテム……三の試練の素材をふんだんに使ってるんですね」


「さっき息子からも素材調達があってね、いくつかリクエストを戴いたんであたしゃこっちで精一杯さ。ウチの旦那は扱き使ってやって構わないよ」


「それではありがたくお借りします」


「ちょっと! まあ、暇を持て余してるんで付き合ってあげてもいいですよ。この人が暴走したらクラン全体に迷惑がかかるんだから。見張り役がいなくてはね!」


「そう言いつつアンタは楽しそうだよね。マスター、この素直になれないボンクラを頼むよ?」


「ボンクラって、酷いなぁ」


「いってらっしゃい、あなた。私はここでランダさんのお手伝いをしていますので」



 妻は調理スタッフとして参加する様だ。

 でもこうなると出店権限を持つ二人が抜けた今、出店先で困るモノだが、



「お店は僕の権限でお出しするので大丈夫ですよ」



 今回からはオクト君の協力あって、彼女達は出店スペースを獲得していた。

 ランクAのオクト君の出店スペースは未だランクCの私の比ではない。私とジキンさんでそれぞれ居残りで店を続けるより場所を間借りして置いた方が客が入ると喜んでいた。

 しかしオクト君も考えたモノだ。

 単価で買えば高いと思う商品を、それよりも高い調理アイテムと、衣装の横に挟むことで安く思わせる事に成功したんだから。


 空を旅する上では間違いなく必要になるAP回復効果を持つ調理アイテム、特になんの効果もないけど天空人がみんなきてる衣装がそれぞれアベレージ100,000相当する中で、アベレージ50,000相当とお安い。それを“安い”と思うかは個人差によるけど、私はスキルで間に合うからなぁ。買おうとは思わないね。

 でも見てる限りでは飛ぶ様に売れていた。商売って本当にわからない。


 いつの間にか一の試練もクリアしてた探偵さんとスズキさんをお供に、私達は三の試練に赴いた。



「さて、素材関連はさておき、いよいよ徹底検証に赴きますか」


「ずいぶん時間がかかりましたね」


「素材から始まり、AP調理、飛空挺と色々ありましたから」


「少年の中では検証よりも先に進めたかった案件なのだろうね。君は昔から自分だけ楽しむのを歯痒く思うような人物だった。まぁ、そのおかげで僕は少年探偵アキカゼを知れたのだから良いんだけどさ」


「へぇ、ハヤテさんてそんな時代があったんですねー」


「昔の話ですよ。まずはT字路のトリックを解かない事には前には進めません」


「あのまま落ちましたからね」



 あははと全員で笑う。そう、今では笑い話だ。

 もう同じ徹は踏むつもりはない。

 そもそも十字路が見えていた時と落ちていた時の状況の違いはなんだったか?

 考えなくたってわかる。



「実際のところ答えはもう出てるんだけどね」


「うん、きっと少年はそう言うだろうと思っていた。だから僕とスズキ君は風操作を取得したんだ」


「はい。あの時はハヤテさん一人に負担をかけて居ましたからね。そして水操作のもう一つの可能性は単独よりもコンビネーションなのだと秋風さんとお話ししてたんです」


 

 もう一つの可能性? 

 それについてはなんのことやらさっぱりだ。



「見ててくださいね、水操作!」



 スズキさんが太陽光をねじ曲げる如く水の道を作り出す。

 そこへ探偵さんがその真上からぶつける様に水の道を作ると、本来なら違う場所を隠す様に蓄積した光が乱反射し出した。

 スズキさんが水操作で氷の塊を出した事により、まるで噴水のように水が飛沫を上げて太陽光を抑える。


 そして道が真っ直ぐと出来上がる。

 同時に戦闘に突入!



「と、こんな感じでランダムエンカウントと思しきエネミーとの遭遇は操作できます」


「ランダムではないと?」


「みたいですねー」



 探偵さんとスズキさんが水操作に集中してるので、自ずと戦闘できるメンバーは私とジキンさんだけになります。

 相手はシャドウ型/スネークでしたが、特に危なげなく退治することができました。

 よくよく考えなくても水操作って機転を利かせやすいモノだと思いますし。


 勢いよく探偵さんやスズキさんに向かっていくので、Uターンする様に水の道を作り、その上をビッシリと氷を敷き詰めジキンさんにリリース。

 満を持してジキンさんがバットの如く振り切った鉄棒で上に吹っ飛ばされるんですけど、風操作で氷の真下にたどり着く様に勢いを聞かせる流れ作業を三往復させて倒した感じです。

 あんなんでもチェインアタックになるのだから不思議なゲームです。


 道中ウドン味のホットドックをムシャムシャしながら例の十字路へと辿り着く。



「やっぱりこれ、影の道でしたね。では一歩前進」


「待ってください」



 私が一歩前に出ようとしたのを止めたのはジキンさんだった。



「また同じ過ちを繰り返すつもりですか?」


「今度は大丈夫ですって」


「なんの根拠もないのにどうして自信たっぷりなんだか。良いですか? 確かにこっちには道があるのかも知れません。けれど、雲はないので歩いてはいけないでしょう」


「ではどうやって?」


「全く、こう言うところは抜けてるんですから。もう持ってるでしょう? 風操作ですよ。私達全員を風操作で移動させるんです」


「なるほど、その手が」


「今二人は水操作で手一杯になってます。下に雲がないなら、太陽の光が落ちない。つまりエネミーは出てこない」


「それこそ根拠のない妄想じゃないですか。でも、嫌いじゃない」



 ジキンさんは私の事をどうこう言えないくらいに自信家で、浪漫を求めるお人なのだ。

 実際に四人を浮かせる様に風操作で航行してみれば、その先には……



「玉?」



 その玉をタッチした瞬間に現れたのは中間ゴールを示す文字。

 そして称号の獲得だった。

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