第30話 ダンジョンアタック Ⅲ


 新しい情報を従えて私たちは今一度[ダンジョン・枯れた金鉱山B2]へと挑む。



「さぁ、みんな。どんな風に聞こえるか案を出し合おう」



 私の言葉に孫達は頷く。

 まずは何分置きに音が響くかのカウントを取る。

 だいたい一度鳴ってからきっかり10分後に鳴るようだ。


 ──ヒュォオオッ、ォゥォオッ、ォオオオオオオッ


 一度目の音は三つの小節に分かれていることを確認する。

 しかし二度目は音そのものが大きく変わる。


 ──ヒュゥウウウッ、───、ォオオオオオオッ


 三小節のままであるが、ここも途切れている様だ。

 何かのワードなのか? それとも音以外にも何かトリックでもあるのだろうか?

 三度目の音を聞こうと10分後に耳を澄ますと、またもや違う音が聴こえる。


 ──シュゥゥウウ、シュルルルル、シュゥゥウウ!


 何かがどこかで渦を巻く様に高まっていく、直後。

 私達を中心に世界にヒビが入り、砕けた。

 戦闘突入である。



「お爺ちゃん?」


「うん、私は検証を続ける。マリン達はエネミーの討伐を頼めるかい?」


「はい!」


「検証の方、お願いします!」


「任された」



 マリンは現れたハウンド型を前に、小さく舌を打つ。

 腰から短剣を引き抜き、構える。

 個体数は一匹ではあるが、ボール型とは違い、ハウンド型は強者の威圧感を纏っている。

 ハウンド型というだけあってドーベルマンの様なスラリとした痩躯。しかしその肉体構成のほとんどは影で出来ているようだった。

 影の濃い場所を好み、こちらの様子を伺っている。

 私は検証をやめられず、彼女達の奮闘を固唾を飲んで見守った。


 

「ハウンド型は苦手なんだよねー。でもお爺ちゃんの前だし、苦手とか言ってられないもん」



 マリンの横顔には焦りの色が浮かんでいる。

 ボール型を前にするよりも肩に力が入っているように思えた。

 


「マリンちゃん、足止めは僕に任せて。君はいつも通りに」


「ありがとう、サクラ君。ついてきて、ユーノ!」


「こっちはいつでも準備オッケーよ」


「いくよっ『アクセル』!」



 頼もしい仲間の声かけに、マリンは意を決したように声を出す。

 眩い光を纏い、その姿が大きくブレた。

 こんな光源の薄い場所でまさか高速戦闘?

 彼女は高めたスタミナを大きく消費させ、その場を飛び退く。


 周囲からは地を蹴る反響音。

 マリンの姿は残像を纏い、その姿をぼやけさせながら床、壁、天井に姿を残す。トリッキーな動きで相手を翻弄していく囮役。

 

 マリンがハウンド型の意識を横へ上へと散らしている隙に、他の二人の詠唱が終わった。



「疾風よ、我が意志に従い、彼の者を守れ『ミサイルガード』!」


「火よ水よ、渦巻き合わさり我が敵を討ち滅ぼす雨となれ『バーンレイン』!」


 

 サクラ君の魔法は私とマリンに薄い膜を張り、直後に放たれたユーノ君の魔法がダンジョンの天井に赤い雲を作り、そこから火属性の雨粒を落とした。

 前もって私たちにかけられた薄い幕は火の雨を弾き、ハウンド型の身体を覆い尽くす。

 触れた先から火がつき、燃え上がる。

 しかしハウンド型は影が揺らめくだけで対してダメージが通ったようには思えなかった。



「ご心配なく、このパターンは効率こそ悪いですが、勝率は結構高いんですよ、見ててください」



 私の不安をかき消すようにサクラ君が微笑む。

 どこかジメジメして涼しげだったダンジョンが煌々と光り、ほんのりとした熱気が肌に張り付いた。



「これで影の中に入れなくなったよ。マリンちゃん!」


「オッケー、これでフィニッシュ!」



 影の中に入るという言葉を聞いて、合点がいく。

 つまりあのエネミーは影の中を自在に動き回り、距離関係なく攻撃を仕掛けてくるタイプか。

 確かにそれは厄介な相手だ。


 しかしこの作戦であれば火によって照らし出された空間に閉じ込め、相手の能力を一時的に限定させるのだ。

 そこへ振り下ろされたマリンの短剣が二閃、三閃、ひらめきハウンド型はその場から崩れ去るようにして影を霧散させた。


 戦闘は終了したようだ。

 熱気は遠ざかり、元のジメジメとした薄暗さに帰ってくる。

 戦闘時に与えた環境は元の場所に影響しない仕掛けか。

 ダンジョン内で火の魔法を使ったときはヒヤヒヤしたものだけど、そういった仕掛けならば大丈夫か。


 

「勝利!」


「お疲れ様!」


「おつかれー」


「ドロップは、うん。銀鉱石か」


「お、ここで入手できるにしてはレアじゃーん」


「今更銀はね。どうせなら魔銀が良かったな」


「贅沢言わない! ドロップ権を勝ち取ったくせにケチ臭いよ?」


「うん、ごめんね」


「みんなお疲れ様。どうなることか一時はヒヤヒヤしたけど杞憂だったようだ」


「えへへ、がんばっちゃった!」



 ブイッ、とピースサインをする孫に、ユーノ君は私の顔を覗き込みながら聞いてくる。



「少し驚かれましたか?」


「うん、随分と派手な戦闘にね。君達は普段からあんな感じで?」


「普段はもっと余裕だよ? でもハウンド型には昔こっ酷くやられてから苦手意識ができちゃって、あんまり勝率良くないんだよねー。今日はサクラ君がいたからこの策がハマったけど、普段はもっと手古摺るんだー」


「そうか、では今日はカッコいいマリンの写真がたくさん撮れるかな?」


「さっきの戦闘撮ってくれた?」


「姿が見えないから道中は撮れなかったけど、ほら」



 戦闘中にこっそり映したスクリーンショットには、炎の中で倒れてゆくハウンド型と、もう倒し切ったとそれ以上手を加えずに立ち去るマリンの姿を映した画像だ。

 その立ち姿は気品さえ感じるようで、なかなかに様になっている。

 普段のあどけなさもいいが、こうして凛々しいマリンも新鮮だ。


 普段とは違う姿を写したベストショットに、自分の腕もまだまだ衰えてないなと自画自賛する。

 それをメール添付してみんなに送ると、それぞれの反応を示した。



「アキカゼさん、これ一生の宝物にします!」


「わ、これカッコいい。ありがとう、お爺ちゃん」


「ちょっと格好良すぎない?」


「そうかな? 戦闘中のマリンは格好いいよ。普段私に見せない顔だ」


「でへへ。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」



 マリンが溶けそうなくらいにフニャフニャになったのでここで話を切り替える。彼女の甘えたいモードは結構長引くからね。

 さっきの今で彼女を甘やかすわけにはいくまい。ここで甘えさせたらさっき偉そうに言った手前、サクラ君に悪いし。



「さて、検証に戻ろうか。もうそろそろ音が鳴ってから10分になる。今度はどんな音が聞こえてくるだろう?」


「ぶー、お爺ちゃんの意地悪!」


「マリンちゃん、アキカゼさんのいう通りだよ。今回は私たちの探索に付き合ってくれてるんだから。ワガママを言うのは良くないよ?」


「そうだった! ごめんね、お爺ちゃん」



 孫はすぐに平謝りした。すぐに謝れるのは良いことだ。それを許してやるのは私の務めである。

 そんなやり取りを終え。私たちは検証へと戻った。


 有る程度の音を検証して分かったことは、とある音を繰り返しているということだけだった。

 いくつかのパターンで戦闘が発生し、その後の戦闘で確定で鉱石がドロップする事だった。


 順番に銅、鉄、銀がドロップすることから、これらには意味があると考える。

 しかし風の音の意味を考えるのは難航した。

 何せ音を聞き分け様がないのだ。


 ヒュウも、ヒュォオオも同じ様に聞こえるし、聞く人によっては全く別の音に聞こえるらしいので手の打ちようがない。

 

 古代語の石版が記していたのは『風』ではなかったのか?


 『──の声を聞け』


 私達は今一度その質問の意味を考える事にした。

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