第12話 挑戦への道


 どざえもんさんと一緒になってから私達のペースで程なくして。

 

「おや、また引き離してしまいましたか」


「仕方ない。呼吸を持ってるかどうかでだいぶ違う」


「ですね」


 それだけ価値のあるスキルなのだと今になって実感する。


「しかし登れるところまで登っては見ましたが……」


 道はここで途切れていた。

 山脈の一部とはいえ、頂上まで地続きということでもないのだと知る。


「アキカゼさんは頂上狙いか?」


「ですねぇ、男なら頂上まで行ってなんぼでしょう。そこから取れる風景にこそ価値がある。だって雲の上でしょう? 私の目的はまさしくそこなのですから」


「ふむ。これは憶測なんだが、空の妖精達は雲の上にいたのか?」


 憶測と言いながらも確信した上で聞いてきますね、この人。

 流石そこにまで至った到達者。見る目が違うし頭も切れるのでしょう。ぶっきらぼうな口調は素であるけれど、そこまで悪い気がしない。不思議な人物ですね。


「はい。では地下の方達は?」


「マグマの底だ。現状では熱耐性がなさすぎてても足も出ない状態でな。そこで火の呼吸の足がかりはできたんだが、その前に肉体の方が持たなくて目下捜索中だ」


「あぁー、それはまた厄介ですねぇ。私も発見したのはいいんですが、体重が雲の上を歩くのには重すぎて向こうまで渡れないというのがありましてね?」


「やっぱりそういった通行不可ペナルティがあるか」


「ただ同時に重力無視なんてスキルが生えましてね?」


「ほぅ? それはまたいいことを聞いた。ならば俺にもチャンスがある訳だ」


「はい、お互い踏ん張り時ですね。あ、うちの家族が生産クランをやってるので熱に耐性のある装備か薬品が有れば用立ててもらえるように頼んでみましょうか?」


「いいのか? こちらとしては非常に助かるが」


「なに、言うだけならタダです。もし代金がかかるようでしたら私も少し出しますし、なんだったら検証にお供したいですね」


「そういう魂胆か。呼吸持ちは出来るだけ種類を多く揃えたいものだからな」


 やはりバレてしまいましたね。

 でも、この人と一緒ならば自分のとってないスキルも生えてくれるかもしれないという願望があるのは本当です。

 だってマグマの中に望んで入ろうという人が今のプレイヤーの中にどれくらいいるでしょう?

 こういうチャレンジ精神溢れる人好きなんですよね、昔から。

 スポンサーになってあげたいくらいですよ。


「呆れるくらいに欲望に忠実で、それでいてそこへ至るまでの躊躇いが一切ない。でもだからこそあんなイベントを引き起こして解決して見せた。素直に俺はあんたを尊敬してるよ、アキカゼさん」


「照れますね。ですが何度も言ってますが最後のアレは私一人の手柄ではなく……」


 どざえもんさんは言葉を途中で遮り、分かってると言いたげに首をよくに振った。あ、この人絶対私が謙遜してると思ってるでしょう?

 違いますよ? 本当に私は……

 いえ、良しましょう。この人はある種私と同じ人種です。

 一度こうと決めたらなにがなんでも揺るがない圧倒的頑固さが見え隠れします。


「分かるよ。俺もそうだった。俺一人の手柄じゃないのに俺の手柄として処理された時は申し訳なさすぎて合わせる顔がなかったものだ。でもだからこそ、受け取ったものとしてそれを全うする義務が俺にもあったはずだ。でも俺はあんた程活動的じゃなかった。だから──」



 ──サードウィルは壊滅した。


 

 今自分はなにを聞かされたのか?

 そして目の前の人物の覚悟がどれほどのものなのかをようやく知ることが出来た。

 彼がなにに対して人目を避け、そして怯えてきたのか上手く掴めていなかった。本人はフリだと言ったのを鵜呑みにしていたのもある。

 だがその言葉を彼の口から聞いてようやく確信する。


「──そうでしたか、あなたが発見者だったのですね?」


「ああ。功績は俺ということになってるが……山登り同好会一丸となって捜索した結果がソレだ。ナガレから話を聞いていると思うが、俺たちの活動にはスポンサーがいる。もちろん発見した情報はスポンサーに渡るんだ。以降の介入に俺たちは関われなかった」


「お辛い事でしょう」


「どうかな? 重荷を好き好んで背負ってくれる物好きの出現に手放しで喜んでいたのは確かだ。当時の俺は本当に山登り以外に興味がなく、妖精とも出会う前だった」


「私も偶然ですよ。たまたまブログのネタを探してた。あとはイベントっぽいネタとして撮影した。まさかそれを閲覧した途端にイベントが発動するなんて知らないままに。それも身内に向けてフレンドのみで発覚したから大騒ぎ。以降娘達が喜び勇んで請け負ってくれましたが、やっぱりそれだけで終わりということもなくてですね」


「知っている。俺がそのイベントに参加したのは半分以上罪滅ぼしみたいなものだった。あの大型レイドボスが産声を上げた時、サードウィルの光景が脳裏にチラついたが、そうはならなかった」


 それが私の功績なんだと彼から直接聞いた時、娘達から伝え聞いたものとは大きく違う感動のようなものを味わうこととなった。

 彼が発動させ、解決できなかった問題を自分とその仲間達が解決した瞬間を見た彼は、自分があの時行動していればという気持ちに何度も悩まされることになったのだという。


「俺も、責任を持ってちゃんと後を追うべきだった。けど、昼夜問わずにログイン出来るほどリアルに余裕なんてなく……」


「なにを仰います。あのイベントは偶然で発覚し、偶然の連続で解決したんです。解決できなかったからと言って、貴方だけが悪いということもないでしょう? それに娘から聞いた話ですが、イベントとしてクランが立ち上げなかったとも聞いています。だからどざえもんさんばかりが責任を負う必要はないですよ」


「そうか……でも俺はずっと負い目に感じている。あんた程豪胆にはなれないよ」


「そうですねぇ、私の真似なんてしなくとも結構。なんと言っても私は周囲を振り回しながら好き勝手生きてますから」


「強いな」


「よく言われます」


 話を逸らすようにパシャパシャと風景画を取り込んでいく。

 特に何が目立つという訳じゃないけど、ここから先のルート開拓が命題でしょうか?

 あとは反対方向に降りてまた登る必要があるんですが、ある程度下るとモンスターに襲われるらしいんですよねぇ。アレは水中でも襲ってきますし、戦う手段のない私たちには非常に厄介な相手です。

 それはさておき、


「さて、ここから先に進むには反対側に下山して川を渡るルートがありますがどうします?」


「生憎とドワーフは水中活動に不利な生態をしていてな? 体が重くて沈むからすぐ呼吸困難に陥る」


 どざえもんさんは肩を竦めて首を横に振った。

 何度も試したが高確率で死に戻りすると。


「だったら水中呼吸必須じゃないですか? 水の呼吸さえ体得すれば問題ないですよ。泳げなくても底まで沈むんだし、普通に歩けると思います。なんだったら今からお付き合いしますよ? まずは浅瀬から行きましょうか」


「どうして、どうしてそこまでしてくれるんだ?」


「何言ってるんです? さっき言ったばかりでしょう、お互いに協力し合いましょうって」


「あー……それって情報の受け渡しだけじゃなく?」


「これが私流です。先ほども言いましたが、私は周囲を振り回すんです。その責任は一切負いません。さぁ、私の気が変わらないうちにレッスンに付き合うなら今を置いて他はありませんよ?」


「本当に、ワガママな人だな。よろしく頼むよ」


「ええ、引き受けました」


 私のレッスンはログイン制限時間いっぱいまで行われ、何度もモンスター達に追われ、本当にどざえもんさんの名が体を表してしまうのではないかと思われた先、


「派生先に出てきた」


「まずはおめでとうと言わせて頂きます」


「ありがとう、本当に助かる。俺なんかのためにここまで」


「次は私が教えてもらう番ですから今回の恩はチャラで良いですよ?」


「まったく、先が思いやられるな」


 そう言いつつもどざえもんさんは笑顔を浮かべていた。

 ようやく山頂に登ってきた二人がそんな私たちを見下ろし、不思議な顔をしていた。

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