第41話 真シークレットクエスト- Ⅰ

 はて、こんな場所はさっき来た時にあっただろうか?

 フィールドを越えた先、私たちの目の前に現れたのは何かを伝える壁画だった。

 スクリーンショットをかざして廊下に連なるその場所を写し込んでいく。

 ただ、私が一体何をしているか分からないという顔でスズキさんが見ているのが気になった。


「ハヤテさん、急にスクリーンショットの構えをしたと思ったら急に壁を撮影し始めてどうしたんですか?」


 ふむ?

 スズキさんにはこの壁画がただの壁に見えているのだろうか?

 私は改めて撮った画像を実体化し、彼女に見せる。


「あれ? 写真で見ると何かが映り込んでますね。これは一体……」


 本気で困惑したようにスズキさんが答えた。


「私は一度似たようなものを見たことありますよ」


 確かあれは……

 ゴミ拾いクエストの時、壁内チェックでジキンさんがパズルと称して組み立てたもの。そこに記された絵と、ここに記された絵の特徴が一致していると推察する。それはきっと暗号のようで、過去から現代に何かを伝えようとする意図を汲み取った。


 そこで何かを伝える電子音が脳内に鳴り響く。


[秘匿クエスト:古代からの伝言を開始しますか?]

 YES / NO


 ここに来てクエストの案内?


「どうかしましたか?」


 呆けている私を気兼ねしてスズキさんが声をかけてくる。


「スズキさん、突然ですけどパーティを組んでもらってよろしいですか?」


 私の声かけに彼女は一瞬訝しむ。


「良いですけど……何が起きたか説明だけはしてくださいね?」


「勿論です。ただ、これは現状私しか見えていないという可能性を鑑みてのお誘いです。なぜかこのタイミングでクエストが出ました」


「クエストが!?」


 彼女にとっても突然発生するクエストは初めて聞くらしい。


「はい、だからお誘いしました。これはきっと、今行われているイベントに関わるやつです。個人的なお願いになりますが、私一人では難しい。ご協力願えますか?」


「はい、僕で良ければハヤテさんのお手伝いをさせてください。でも、地上での活動は期待しないでくださいね?」


 そういう彼女に微笑みながら、彼女からのパーティ申請を受領した。

 そして始めるクエスト。

 今まで私しか見えていなかった景色がスズキさんの視界にもリンクして映された。


「これは……エジプトの壁画に通ずるものを想像しますね」


「はい、私もそれに似た感想を抱きました」


 流石教鞭をとっていただけはある。彼女はそこに記された絵を見ただけでそこまでを見抜いた。同時に私の考えていることを導き出す。


「だからきっとこれは今を生きる私たちに伝えるメッセージなのかもしれない。そういうことですか?」


「素晴らしいですスズキさん。私も全く同じことを考えていました」


「いや、誰でも思い至りますよ」


 彼女は謙遜してそう言うが、ことゲーム内でそういう考えができる人って結構少ないんだ。私は少数派だと自覚してるが、彼女はそれを当たり前だと言い切った。


「いえ、案外こういった写真を見ても歴史的価値の有無だけで判断するプレイヤーが大多数ですよ」


 娘然り、孫然り。

 別にそれが悪い事だとは思わない。

 けれどこのゲーム内ではどこか浅慮な行動に思えた。

 アトランティスとは過去に栄えた文明が何かによって滅ぼされた歴史の根底。その真上に増設された世界でファンタジーをやっているのがこのゲームだ。

 普通ならその歴史に目を向ける者がいたっておかしくない。

 なのに娘達は前へ、先へ行くことを優先させていた。

 非常にもったいない行いだと私は思う。

 目当てのものは足元に転がっていると言うのに、誰も見向きもしないんだ。


「それ以上を知ろうとするのは古代文明に対して興味をそそられた者ぐらいです。その他大勢はフレーバーデータとしか見ません。非常に残念な事ですが」


「分かります。そう考えれば確かに僕の考えは少数派かもしれません」


「だから誘った甲斐がありました。私が行き詰まった時、お願いしますね?」


 私の差し伸べた手を、彼女はしっかりと握り返してくれた。

 そして壁画への調査に私達は時間を費やすことになった。






 時間を要する事数十分。実に興味の尽きない歴史的な遺跡に目を奪われている。が、どうもこれはストーリー性のある伝言ではないかと思われた。


 だがどこから始まってどこに到着するかも分からないほどバラバラになっており、文字の解読から絵から読み取れる視界情報の洗い出しで、ようやくこれが絵本の一部なのだと理解する。

 つまりこれだけで完成ではなく、まだどこかに続きとなる部分があるのだとスズキさんが示してくれた。

 流石教鞭をとっていただけあって思考が柔らかい。

 私なんてこれだけでどうにか物語を完結させようとしてしまっていたからどうにもこうにも納得できなかったんだ。


 だが考え方を変えるだけで腑に落ちる内容だった。

 ここに記されている情報はあくまでも一部。それも冒頭部分で続きは他にあるんだ。それを理解してからの動き出しは早かった。

 道中はモンスターが出るため、行動は慎重に。それでいて壁画を見つけたら手分けしてチェック。情報を出し合う。


「これは、抜けが多いですね」


「ハヤテさんもそう思いましたか」


 スズキさんも同意見のようだ。

 場所を変え、フィールドを変えるとモンスターとの遭遇頻度が上昇してくる。そこには手も足ま出ずに逃げ出した個体までも出てきて……


「逃げるのが得策ですが……」


「逃してくれればいいんですけどね」


 取り敢えず安全地帯と思われる底に向かい、スズキさんは真上に向かって水鉄砲を使用した。


 ドフッと鈍い音が周囲に広がり、泥を撒き散らしながら水が濁る。しかし泥水の中からボール型が数匹飛び込んできた。

 直撃、余波の範囲外にいた個体だろう。

 さっきの今で驚異度の跳ね上がったスズキさんに向けてまっすぐと落下してくる。

 手には銀の矛。けど数が多くてはどれかをもらってしまう。


「スズキさん!」


「鏑木流護身術心得その29、流水」


 聞いたことのない、それでいて凛とした声が響く。

 直撃したと思われたボール型はスズキを通り抜けるように地面に衝突した。勢いを殺せずにそのまま自身にダメージを与えて砕け散る。

 自爆特攻に近い動き。それはつまり操られている可能性があり……私は未だ晴れない泥水の中にスクリーンショットを連射させ、それを捉えた。


「スズキさん、奥に強化型が居ます! さっきのボールもそいつの仕業です!」


「情報感謝します」


 居ると居ないがわかるだけでも戦局は大きく変わる。

 真上から飛来したボール型は全て自滅したが、真上の泥水からは新たなボール型があらわれる。今度は倍の6体だ。


「射線が素直すぎます。それでは僕も当たってあげられません」


 けれど、優美な動きでスズキさんはそれを回避する。

 まるで舞のようだ。流麗でいて、隙がない。

 これはスキルではなくリアル技能なのかもしれない。


「凄い」


「こう見えて僕、免許皆伝の腕前なんですよ?」


 この体だとその半分も出せませんけど、と笑いスズキさんは銀の矛を構え直した。

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