第35話 常駐クエストの謎

 

「やっぱりね。このクエストがこのイベントの鍵だったんだ」


 街が襲撃されていても、ギルドはいつも通りプレイヤーに情報を提供し、クエストを張り出している。

 しかし環境の変化からか討伐系のクエストは張り出されず、常駐クエストのみがボードに燦然と輝いていた。

 俗に言うお掃除クエストだ。その一枚を剥がし、得意げに私は声をあげる。


「そうやって訳知り顔で自分だけ納得してないでパーティメンバーの僕たちにも教えてくださいよ。意地が悪いですよ?」


「うんうん」


 そんな私の姿に不満を漏らす声がかかる。

 ジキンさんとマリンだ。


「悪かったね。まだ確証が取れてないのもあるが、まずこんな時だと言うのにこのクエストだけが張り出されていると言う異常性が一つ」


 手に持った一枚のクエスト用紙を全員に見せつける。

 平時であればそれは街の環境をよくしようと心がけるクエスト。

 だがこの非常時にも張り出されているのはおかしい。

 だってそれ以外のクエストは一切ないんだよ?

 特に今は街の中にモンスターだって出る。物騒極まりないんだ。

 なのにこのクエストだけはむしろ今やることに意義があると言わんばかりにそこにあった。


「そしてクエストクリア時に発生するシークレットクエストだ。そこは普段行けない場所へも行けるようになってるよね?」


「確かに。でもそれってクエスト専用エリアってだけですよね?」


 ジキンさんはまだ気づかないか。

 その専用エリアって、普段はどんな用途で使われるだろうか?

 たかがゴミ拾いのためだけに用意されたとは考えにくい構造。

 そして古代遺跡というワードから察するに、あのイベントモンスターは、かつてこのアトランティスの歴史に終止符を打ったモンスターである可能性が高い。

 そんなものが狙っているモノがどこに隠されているか?

 厳密には街の中心部。しかし狙うなら入り込んだとはいえ雑魚しか見当たらないのはおかしい。

 ならば街の中は陽動部隊で本体は古代遺跡の奥に眠っているであろう何かを狙っていたら?

 わからないことだらけだが、クエストを解明することで発見できる何かがあるかもしれない。



「でも一番不可解なのはクエスト終了時、又は時間制限を超えた後に起きるんだ。ジキンさんはあのあとどうなるか知ってるでしょ?」


「スタート地点に戻されるってやつですか?」


「はい」


「何を、そんな当たり前のことを。ミニゲームなんだから……」


 当然。そう言いかけたジキンさんの言葉に、かぶせるように問いかける。


「それがもしも私達の思い込みだったとしたら?」


「ハヤテさん、あなたは一体何に感づいてしまったんですか?」


 息を飲むようにしてジキンさんが喉を鳴らした。

 私の考察に何かを感じ取ったようだ。

 残念ながら答えにまでは届いてないらしく、私の次の言葉が発せられるのを待っていた。


「順を追って説明しましょう。マリン、そしてユーノさんも。今一度クエストについて考えてみて欲しい。そして私たちの議題について分からないことがあったら質問して欲しい」


「うん」


「分かりました」



 ギルド内でパーティの申請をしながら、クエストの審議に入る。

 みんなの表情は半信半疑。机上の空論にこじ付けに近いと思いながらも、その実やってみなければ分からないと賛同の意思を示してくれた。

 全てが手探りで確証がないものばかり。

 何故このクエストが今まで放置されていたのかがわからない。

 それとも誰かが見つけておいて敢えて情報を秘匿していた?

 いや、考えすぎか。


「もしその仮説が本当だとしたら……」


「うん、こうして街を襲っているのは誘導かもしれないね」


「じゃあ、このままじっと壁の中に閉じこもっていたらヤバイの?」


「かもしれないってだけだよ。でも当たりをつけたらじっとしてられないよね? お爺ちゃんはそれを確かめたいんだ」


「分かった。じゃあ私とユーノは出てくるモンスターを倒せば良いんだね?」


「お願いできるかい?」


「任せて!」


「はい、アキカゼさんに迫る脅威は私達が討ち滅ぼします」


 マリンは胸を張り、ユーノ君もそれに賛同する。

 なんとも心強い味方だろう。


「だけど僕たちだけで解決できる問題じゃないでしょう?」


 ジキンさんの問いかけに、私は肯定する。

 ただでさえランダム要素の強いシークレットクエスト。どこに繋がるか分からない不透明さもあるので戦力を分散させる危険性もあるのだ。


「だから私達は先遣隊なんだよ。今回の探索で確証を得たら、あとは娘と連絡してマッピングしてもらう。イベント運営なんだ、それくらいは管理してもらいたいね」


「任せておけとか言っておきながらカッコ悪いことこの上ないですね」


「所詮個人の力なんてそんなモノですよ。それでも私は父親として娘に手を貸してやりたい。だから彼女が立ち直れる情報を持って帰りますよ」


「なるほど。ハヤテさんらしい」


 ジキンさんの含みのある言葉に、私の表情が引き攣る。

 全くこの人ときたら、すぐに嫌味な言葉を被せてくるんですから。

 らしいってなんですか、らしいって。

 まだ会って数日しか経ってないのに数年来の友人のように接してくるんですよね、困ったモノです。


 場所を移し、大通り。クエストはいつもここから始まる。

 しかし今回は少しばかり様子が違う。

 一瞬視界にノイズが走ったかと思えば、風景が砕け散りながら暗転する。


「敵影3、ボール型。強化1」


「ここは私達に任せて、お爺ちゃん達はクエストをお願い」


「分かった」


「はは、頼もしい限りだ。これは負けていられませんな」


「この際だ。どちらが多く取れるか勝負しませんか?」


「いいですねぇ。お年寄りでもやれる事をいまの子達にも見せてやりましょう」


 散り散りに駆け出しながら、それぞれの武器を振るう。

 トングがゴミを掴み、ゴミ袋に放り込まれる一方で、モンスターが双剣によって細切れにされていた。

 立て続けに爆発が続く中のゴミ拾いは非常にスリリングだ。

 クエスト自体は何度もクリアしているので慣れたモノだが、問題はエンカウント率の方か。

 マリン達が居なかったら危なかった場面が何度もあったが、無事クリア。次のクエストに移った。


[シークレットクエスト:壁内清掃を開始しますか?]

 ここは壁の中の清掃ということもあってわりと安全だった。

 作戦本部も何度か通ったこともあり、こんな時にゴミ拾いクエストなんて呑気なモノだと呆れられた。


[続シークレットクエスト:壁外清掃]

 ここは壁の外。けれど街の内側なのでもちろん危険は付き纏う。

 出てくるのはボール型が多く、マリンとユーノ君が大活躍した。


[続シークレットクエスト:壁内チェックⅠ]

 ここはジキンさんの真骨頂。パズルが得意な彼が見事なセンスで解読し、クリア。

 マリンのジキンさんを見る目が少し輝いていた気がするが、気のせいだと思いたい。ジキンさんは少し胸を張っていた。そういうのは自分の孫にやってあげなさい。


[続シークレットクエスト:壁内チェックⅡ]

 問題はここからだ。

 なんせモンスターのエンカウント率が尋常じゃなく、一歩踏み込む度に這い出てくるのだ。

 まるでプレイヤーをこれ以上先に進ませないために邪魔しているかのような行動を見せている。

 ここで活躍したのは私の垂直移動だった。当時はパープルの弓でもって当ててゴミを落として手に入れたが、今の私だったら直接登ったほうが早い。

 スルスルと登って、その先であるものを発見した。


「これは……」


 どう見ても何かを作動させるスイッチだ。

 何故こんな人の手の届かないところに?

 周囲を見渡せば、私達が入ってきた入り口の真上には吊り上げ式の重厚な扉が括り付けられていた。

 これを下ろせば、街への侵入を塞げるか?

 しかしモンスターは意識の隙間に入り込んでくる。これで封じ込められるとは思えない。

 こうやって自分で判断すべきかどうか悩んだ時はすぐさまスクリーンショット。

 娘にコールをつなぎ、件のスイッチの情報を教えた。



[パープル:お父さん、他にもあるかもしれないからまだ押さないでくれる?]


[アキカゼ・ハヤテ:勿論だ。君はマップとこれらの情報を管理し、イベントを有利に回して欲しい。そしてこのクエストこそがイベントの鍵になると周囲に触れ回ってくれ]


[パープル:分かったわ、伝えてみる]


[アキカゼ・ハヤテ:頼んだよ]



 コールを切り、壁を降りるとマリンが近くに寄ってきた。

 スタミナ限界に近いのか息が上がってきている。


「上に何かあったの?」


「うん、どうやら私の考えはビンゴのようだ。今お母さんに連絡して対策を練ってもらっている。私達はこのまま進むぞ。少しでも多くの情報を持ち帰ってお母さんの心労を減らしてやろう」


「うん、わかった」


 マリンは頷き、私の場所から離れようとする。


「ああ、待ちなさい。次の場所に行く前にこれを飲んで少し休憩しなさい。動き回っていて疲れただろう?」


「うん、あ。これマンゴーフルーツ味! 私の好きな味覚えててくれたんだ?」


「勿論だとも。彼女のは適当に選んでしまったが、嫌いなモノじゃなければいいが」


 もう一つのスタミナ回復ドリンクを手渡すと、マリンはキョトンとした。


「どうした?」


「ううん、なんでもない。当てずっぽうであの子の好みを当てるなんて流石お爺ちゃんだなと思っただけ」


「なんだい、それは」


「んーん、なんでもない。渡してくるね!」


「ああ、転ばないようにね」


「もう、私そんなに子供じゃないよー」


 遠く駆けていく孫娘の後ろ姿を、私は危なっかしく見つめることしかできなかった。

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