第23話 仮にこのスキルがレアだとしても

 ログアウトし、キッチンへと向かうとそこには娘の由香里だけじゃなく孫の美咲の姿まであった。二人一緒に仲良く雑談をしているところに割って入る。


「おかえりなさい、お父さん」


「お爺ちゃんおかえりー」


「ただいま。あれ、今日の授業は午前中だけだったのかい?」


「うんこれから春休みだから。今日は休み中の諸注意と宿題だけもらって来たの」


 なるほど。それで今日は朝練がなかったんだな。

 会社を定年退職してからだいぶ経つが、すっかり社会復帰するのが難しいレベルで曜日感覚が希薄になっている。

 これはまずいぞ。下手すると曜日感覚すら危うい。


「お爺ちゃんはゲーム?」


「うん。お友達と一緒にスキル取得のための検証をしてたんだ」


「お友達って犬の人?」


 犬の人って……ああジキンさんか。


「いや、つい最近一緒に行動するようになったサハギンという種類の魚人でね。ゴミ拾いの他にやれるクエストなんて一つしかないだろう? そこで知り合ったんだ」


「へー。でも魚人かぁ。男の人か女の人かどうかも曖昧だし、うん、まだ大丈夫」


 そこで美咲は何やら考え込んでしまった。

 色恋に目覚めたのはいいが、何やら私に近づこうとする女性プレイヤーにやたらと手厳しいが気のせいだろうか?


 確かに今は妻と別れて暮らしているが、だからと言ってゲームの中で浮気でもすると思われている?

 まさか、まさか。私は妻一筋だよ。こんな私に今まで付き合ってくれたんだもの。裏切ったモノなら逆に出ていかれてしまうよ。そうなったら困るのは私だ。ここはなんとしても孫に勘違いを解いてもらわねば。


「美咲が心配してくれるのは嬉しいけど、お爺ちゃんは純粋にゲームで遊んでいるだけだよ。それとも何か他に気がかりなことでもあるのかい?」


「ううん、なんでもないよ。それで、検証の方はうまくいったの?」


「ああ、無事に二つほど手に入れたよ。お昼にそのスキルを持って彼が絶賛する最高の景色を見せてもらいにいくんだ。どうもこのスキルの有無でたどり着く可能性がグッと広がるらしくてね。頑張って手に入れたんだよ」


「へー。でもパッシヴでしょ?」


 孫の残念そうな声。

 よもやパッシヴにはなんの期待もしてませんと言われた気がしてショックを受ける。

 一緒に遊ぶ事ができなくて悪いとは思っているが、そこまでひどく言わなくてもいいじゃないか。

 お爺ちゃん泣いてしまうよ?


「パッシヴと言っても単純に行ける範囲が広がるのは魅力的だと私は思うがね。例えば今までずっと水の中にいられなかった私が、『水中呼吸』のおかげで何分でも水中で活動できるようになったし『古代泳法』のおかげで魚人のお友達と同じ速度で泳げるようになった。これって素晴らしいことだと思わないかい?」


「え、普通にすごい。パッシヴってそんなことできるんだ」


 孫から想像以上に称賛の言葉を受ける。

 大人気なく張り合ってしまったが、パッシヴの凄さを認められて気を良くする。

 しかしそのすぐ横で娘の呼び止める声がした。


「ちょっと待ってお父さん。今なんて?」


 聞き捨てならないと孫との会話に入ってくる。

 なんだい騒々しいね。


「水中呼吸と古代泳法のことかな?」


「それそれ、聞いたことないわよ。どこから出て来たのよそんなスキル」


 目を見張りながらブツブツ言いはじめる。

 また始まったか。

 どうも彼女を始め、一部のプレイヤーは珍しいスキルを過剰に持ち上げる気がする。

 どこの誰とは言わないが、ブログでスキルのかけらを手に入れたファン然り、自分の知らないスキルに親でも殺されたのかと思うほどの執着を見せるのだ。


 みんながみんな違うスキルを持つゲームだからといって、そういう輩はどこにでも一定数いる。

 娘もたまたまそのうちの一人だったというわけだ。

 それって非常に狭い考え方だと思うよ。


「水中呼吸は低酸素内活動で、古代泳法は水泳補正からだね。そんなに珍しいものなのかい?」


「初めて聞いたわ。あー、でもよく考えなくても元のスキル自体が出回ってないから詳しく解明はされてないのか。ただでさえパッシヴをここまでメインに置く人って居ないし、でも水中呼吸って欲しい人いっぱい居そう!」


 私と孫を置き去りにして一人盛り上がる由香里。

 楽しそうだね。


「そりゃ水の中に生活圏内がない人間にとっては欲しいだろうね。だからこそ私も手に入れたのだし」


「そこでお願いなんだけどお父さん、もし欲しい人たちが一定数出て来たら協力してくれる?」


 娘の縋るような視線を受けるも、私は首を横に降ることしかできなかった。


「私は構わないが責任を取れないならやめた方がいい」


「……どうして?」


「考えてもみなさい。もし何か新しいスキルを発見する度に私が誰かに教えたとする。その分だけ私はそのことに時間を使うことになるだろう」


「それはそうだけど」


「そうすれば私は本来使うべき自由な時間をその事に奪われ、その人達に教えるためだけにログインすることになる。それって疲れないかい? 私は何の為にこのゲームに来たのかその目的すら見失ってしまうよ」


「お父さんの言いたいことは分かる。でも未発見のスキルは報告する義務が……」


 義務、ね。私がなにも知らないからとそんな言葉を使ってでも手に入れたいのか。これはいよいよ病気だね。

 実際には入手方法は非常に限定されている。

 いざ欲しいという人たちがいるとして、その人達はキャラクターをリセットしてでも欲しがるのかな?

 今まで育てて来たキャラクターを捨ててでも?


 断言するけどそれはないと思うよ。

 特にこういったゲームだからこそ。絶対に同じように育たないからこそ愛着が湧いてくるんじゃないか。


 だから彼女の言葉は現実味がない。

 タラレバ尽しの机上の空論。

 ただ知らないから、知って満足するだけで終わる。


 私を巻き込むことによって生じる弊害に関してはノータッチで済まそうとさえ思っている。そんな彼女の提案に乗るのはそれ相応の覚悟がいる。それこそ最後まで責任を持つ覚悟がね。


「別に由香里が他人にいい顔したいのは構わないけどね、私を巻き込むんだ。きちんとしたルールの下でそういう事をしなさい。私としても教えるのは吝かではないが、私の時間を奪うだけ奪って、義務だからで済ますのだったら私はこのゲームを辞めるぞ?」


「お爺ちゃんゲーム辞めちゃうの?」


 そこで今まで聞きに徹していた孫が涙声で問うてくる。

 あと少しで泣く表情で。だから私は腫れ物にでも触るように慎重に言葉を選んだ。


「もしお母さんが私のスキルをどうこういうのなら辞めてしまうだろうね」


「辞めちゃヤダー!」


 突如泣き出した孫が私の胸に飛び込んできた。おっとっと。

 力強い体当たりに思わず体が持っていかれそうになる。


「ああ、まだ辞めないよ。でもね、お爺ちゃんの時間がその他多勢の誰かのために使われた場合、美咲と一緒に過ごすことも厳しくなるんだ。それは嫌だろう? お爺ちゃんだって嫌だ。私は私のためにその時間を使いたい。美咲もそう思うだろう?」


「うん!」


 目尻いっぱいに涙を溜めて縋る孫娘の頭を撫でてあやす。

 撫でていくうちに少し落ち着いて来たのか、頭を擦り付けるようにして甘えてきた。

 まるでさっきまでの涙が引っ込んだかのような身の代わりようである。これは嘘泣きしていたなと思ったが、本人が泣き止んだのならそれでいい。


 藪を突けば蛇が出かねないからね。特に美咲くらいの年齢は一番難しい年頃だ。過去に私はそれはもうたくさん失敗した物だ。二の徹は踏まないよ。


「ごめんなさい、私ったら無責任なことにお父さんを巻き込むところだったわ」


 娘もわかってくれたのだろう。仰々しく平謝りしてきた。

 情報公開の有無に躍起になりすぎて周りが見えなくなっていたんだ。

 だからと言って彼女ばかり責めることはできない。

 このゲーム特有の民度がそういう物なのかもしれないからだ。


「いいよ。君も周りからそう言われて義務感を感じていたのだろうがね、ゲームなんだからもっと広い心を持って遊びなさい。気ばかり疲れて視野を狭めてしまうばかりだぞ? それに今はイベントでそれどころじゃないのだろう? 君のクランが前を引っ張っていってるんだ。焦る気持ちはわかるが、もう少し落ち着きなさい」


「反省してます」


 ゲームに夢中になるのは構わないが、それに引っ張られすぎるのも良くないなと思うんだ。

 いつか私もそんな人間になってしまうのだろうか?

 そう思うと身が震える思いだ。


 昼食を頂き、休憩を挟んでから再びゲームにログインする。

 美咲は一足早くログインしたようだ。ユーノ君と遊ぶ約束をしているようだ。学校が終わってすぐにゲーム三昧とは、先が思いやられるな。


 さて、午後からはスズキさんとのクエストだ。

 ひとまずスキルの報告云々は端に置いて、まずはブログのトップを飾る風景のところまで頑張るとしますかね。

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