第292話「いたずら」
「ただいま帰りました」
「おかえり」
翔がいつにも増して大きな声を上げる。そうしければならないのは翔がカルマと須藤によって縛られているからに他ならない。
幸いにも口は塞がれていなかったので、翔は声を出すことが出来た。
「……これは一体どういうことですか?」
桜花が翔を見て一番に放った言葉だった。
それはそうだろう。
帰って来たら同居人が縛られているのだ。この異常事態をすました顔で済ませられるわけが無い。
「えーっと……。僕に訊かれても困る」
「?」
桜花は疑問符をうかべた。これがもしも、明日だったならば、翔を縛り付けているものが縄ではなくリボンということからも「誕生日プレゼント?」と辿り着いたのかもしれないが、生憎と今日は前日であったために桜花は只管に疑問を浮かべていた。
「……カルマからの誕生日プレゼントだそうだ」
「誕生日プレゼント……。あっ、そういうことですか」
「リボンで縛られてる。……とりあえず解いてくれないか?」
翔は仕方がなくぽつりと呟いた。自分で自分を誕生日プレゼントだとは言いたくないが事情を説明する上では仕方がない。
カルマと須藤はそそくさと逃げ帰ってしまったし、翔しかきちんと内容を話せる人がいないのだ。
桜花はそれを聞き、翔に近付いた。解いてくれるのか、と一瞬期待した翔だったが、桜花の興味は縛っているリボンに向いてしまったようで「すごいですね……」と感嘆していた。
「あの、桜花さん」
「何でしょう?」
「解いていただきたいのですが……」
「蒼羽くんからの誕生日プレゼントなんですよね?」
「……うん」
「ということは、今日は私のもの、ということですよね?」
「……う〜ん。まぁ、そういわれるとそうかもしれないし、違うともいえる気が……」
「私の気が済むまでは解いてあげません」
「え」
翔は解いて貰えないようだった。桜花はくすくすと微笑みながら翔の周りを一周した。
一通り、翔が完全に縛られていることを確認した後に桜花はにこりと笑い、どこかへ行った。
恐らくは手洗いをしにいったのだろう。しかし、そうと分かっていても放置されたという事実は翔の心を揺さぶってくる。
「おまたせしました」
「うん、解いて?」
「や、です」
桜花は縛っているリボンとリボンの隙間に指を入れた。
こそばゆい感覚が翔を襲い、翔は堪らず身体をくねらせてそれを回避しようとするが、桜花が見逃す訳もなく今度は逆方向からこしょばされる。
「ちょっと……!!やめてっ」
「私の事情もありましたが翔くんも最近、私のことを避けているような気がするのでちょっといじわるします」
避けている、と言われて少し固まる。
桜花に知られないようにホワイトデー兼誕生日のお祝いを進めていたので避けているように受けとられたのかもしれない。
そのいじらしさに翔が桜花を抱き締めたくなるが、残念ながらがっしりと後ろ手に縛られているので不可能だった。
「……ごめん」
「謝らなくていいので耐えてくださいね?」
「えー……」
桜花はそういうと、翔の脇腹を攻めるのをやめ、お腹を優しく触り始めた。
「翔くんは日頃から運動をしている訳でもないのに、どうしてここまで引き締まっているのでしょう」
「こしょばゆいから……やめてくだ」
桜花にわざとらしくお腹をまさぐられ、翔の言葉は途中で遮られた。
ひとしきり満足したのか「ふぅっ」と満足気なため息を吐いた桜花。もう終わるのか、と安心した翔だったが、今度は突然に桜花に抱き締められて戸惑った。
「いじわるしてごめんなさい。本当は抱き締めたかったです」
「解かれてたら僕も返せたのに」
「もう少し待ってください」
桜花はちゅっと翔の頬にキスをする。何度したか分からないそのキスだがやはり、まだまだ慣れないのか翔の頬はキスされたところから段々と全体に赤みが広がっていく。
「照れてますね」
「……うるさい」
「可愛いですね。……ほら、耳まで真っ赤ですよ?」
桜花は翔の耳元で囁く。いつもなら限界を感じ、翔が逆に桜花をいじめるのだが、今回は縛られているためにそれができない。只管に耐え忍ぶしかないらしい。
それが狙いか、と今更ながらに翔は桜花の意図を理解した。
「今回は私が主導権を握りましたからね。絶対に離しません」
「そろそろ僕に渡してくれてもいいよ?交代の時間だよー」
翔が交渉にもならない言葉を紡ぐと桜花はうるさい、とばかりに翔の口を塞いだ。
(ちょっ……?!これはまずい……!!)
限界を超えそうなほどの怒涛の攻めに翔の我慢が悲鳴をあげていた。
舌を舐められて一旦の休憩で耳元で「大好きです」と囁かれる。翔が自分のテクニックで主導権を握ろうとしてもそれを上手くかわされて逆に激しく攻められる。
ちょうど息子の主張はリボンのおかげで分からないにしても翔は段々と全身の力が抜けていくのを感じていた。
力を入れようともその力が上手く伝わらずに外へと逃げ出してしまう。
「いつも翔くんには好き放題されてますからね。今日は私のものですから私の好き放題にさせてもらいます」
「分かった……してもいいから、ちょっと休憩を」
「いやです」
にこりと笑みを浮かべてもう一度キスを交わす。
翔は脳が痺れて気持ちよくなっているのを感じながら、桜花が完全に満足するまでは耐え忍ぶしかない、と決意した。
ちなみに、それから桜花は翔に夕食を「あ〜ん」し続けるという暴挙に乗り出した。
それから翔が解放されたのは寝る前寸前だったらしい。
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