第258話「クリスマス衣装」


 何度も言うように、クリスマスパーティにおいて大切なものは「プレゼント」と「コスプレ」である。

 先程、桜花は飾り付けに使う用品を買った。明日以降にぼちぼちと飾り付けはするとして……。桜花はこういうことに凝ってしまう性格なので、それなりまでで止めておかなければならない意味も込めて翔は桜花よりも積極的に飾り付けはするべきだろう。


 それはまた後々にするとして、翔が悩んでいたのは衣装だった。

 トナカイとサンタクロース。

 このふたつの外せないキャラクターをどうするかで悩んでいたのだ。


 翔が望んでいたようにミニスカサンタは存在していて、売られていたので是非とも買いたいのだが、まだそれを桜花には打診していない。しかも、寸前で翔の優柔不断が発動して、本当にそれでいいのか?トナカイ桜花もいいのではないか?と訴えてくる。


 悶々と悩む翔とは裏腹に桜花はしげしげと例のミニスカサンタの商品を手に取った。


「これがサンタクロースですか……」

「まぁそういうのもあるよ、ってだけだよ」

「翔くんが悩んでいるのは私にこれを着てくれ、と頼むかどうかですか?」

「げ……。いや、そんなことは」

「明らかに「げ」と言いましたよね……?」


 ミニスカサンタ衣装の前で悩む翔も翔だが、それに気づいた桜花もまた流石である。

 翔は明らかに狼狽し、何も取り繕う言葉さえ浮かばなかった。そこで完全に隠すことは諦めることにした。


 桜花が頼見込んでくるだろうと予想していたのだから、きっと引かれることは無いだろう。


「えっと……。僕が着てくれないか?って頼んだら着てくれる?」

「……ちゃんとお願いしてくれたら着てあげてもいいですよ」

「桜花のかわいいミニスカサンタが見たい。僕のために着てくれないか?」

「……そこまではっきり言わなくていいです」


 翔が両手で商品を桜花に突き出すようにして頭を下げる。

 桜花は恥ずかしそうにほんのりと赤く頬を染めながら突き出されたミニスカサンタを受け取った。


「ありがとう!」

「翔くんはずるいですよね」

「えっ?何が!?」

「聞きたいですか」


 翔は聞くべきか聞かないでおこうか迷った。何がずるいのかは気になるところだが、話の流れからすると、翔にとってはあまり宜しくないような予感もしていた。


 うーむ、と悩む翔に対して、桜花は悪戯っ子のような瞳で翔を覗き込んでくる。

 翔はその瞳を「聞いて欲しい」という意味へと捉えることにした。


「お、教えてくれ」

「もし、さっき私がお断りしていたら翔くんはきっと思い切り凹んだでしょう?」

「そりゃ……まぁ、たぶん」


 容易に考えられることなので翔はこくりと頷く。

 最終的には受け入れて何とか気持ちを切り替えるだろうが凹むのは間違いない。翔の中では桜花にサンタクロースを着せるか、トナカイを着せるかの二択しかなく、その第三の選択肢はまるで頭の隅にもなかったのだ。


「それに引き換え、私が了承すれば先程のように尻尾を振って喜びますよね」

「……うっ。尻尾」

「千切れそうな程振ってましたね」

「……」


 翔は恥ずかしくなり俯いた。やはり、翔の見立ては間違っていなかったらしい。しかしそれでもこちらの道を選んだのだから翔自身の責任である。

 桜花は翔の頬をぷにぷにとつつく。


「翔くんにはトナカイさんを着てもらいますからね」

「トナカイって……カチューシャ付けるだけなのでは?」

「フルコスプレです」

「マジか」


 翔の中では桜花がトナカイをする場合ならばフルコスプレにして、翔がトナカイをする時にはカチューシャ程度でいいだろうと思っていた。

 それは単純に映えるか映えないかの問題である。翔がどれだけコスプレに命を賭けるほど熱意を注ぎ込んだとしても、桜花がそれなりのメイクをして衣装を着れば、簡単に翔など追い越してしまう。


 ならば翔に注ぎ込むコスプレ代金は必要最低限でいい。お金の問題はないが、節約とはこういう所で行われるべきだろう。


「私はミニスカートを着るのですよ?」

「……謎の説得力」


 桜花がミニスカートを着ているところはあまり見た事がないな、とふと思う。

 スカートは履くがそれは大体ロングで、あまり肌を見せたがらない。

 ネグリジェを着ていた時は理性が飛んでいただけだろうと思われる。寝る前だったし。


 年相応のファッションよりも少し大人びた服装を好む桜花はミニスカートに対して羞恥心を感じているのかもしれなかった。


「翔くんにもそれなりの格好してもらわないと困ります」

「分かったよ」


 こうして、翔は桜花に押される形でトナカイのコスプレ衣装も購入した。

 会計をする時には桜花がお花をつみに行ってしまったので、一人ですることになり「えぇ……マジか」と店員の視線がすこぶる痛かった。


 一人で二種類のコスプレをする訳じゃないんですよ!と弁明したかったが、それよりも早くここから去りたいという思いの方が強かったので、特に何を言うわけでもなくそそくさと立ち去った。


 そして、ふと立ち止まったのは興味が湧いたひとつの商品が目に止まったからだ。

 桜花への特別なプレゼントは未だに決まっていない。そろそろめぼしをつけていかなければならないのだが、桜花に物欲というものがあまり無いご様子でいつにも増して難しい。


(これにするか、どうするか)


 ふむ、と思案顔になって考えていると急に腕を掴まれた。少々時代遅れではあるが「何奴?!」と視線を落とせばそこにはにこにこと嬉しそうな桜花がいた。


(まったく……。可愛いな)


 結局は惚気だった。


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