第256話「事前準備」
クリスマスパーティを翔の家で開催することにはなった。それが決まったのはもう幾分と前のような気がするのだが、翔も桜花もその時に使用するはずの飾り付けやクリスマスプレゼントをまだ買っていなかった。
そろそろ買いに行かねばならないな、と思いつつもそれに気づく頃には帰宅しているのでなかなか出掛ける時がなかった。
しかし、今日は巡り巡った土曜日である。桜花を誘うなら今だろう。
「桜花。クリスマスプレゼントを買いに行かないか?」
「クリスマスパーティ用のプレゼントですか?」
「そろそろ買っておかないと忘れそうで」
「そうですね。忘れると蛍さん達が怒ってしまいます」
桜花の言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えたものの、そこには特に触れなかった。桜花はすぐに用意しますね、と一言残して洗面台へと向かった。
翔としては今すぐにでも出発したかったのだが、女性というのは10分だけ外へと出るだけでも入念に見栄え良くするのだ。桜花もそれは例外ではない。他の女子高校生と比べるとまだお淑やかなものではあるだろうが、そこの差は翔にとってあまり意味をなさないものであった。
(これを機に桜花の好みも聞き出さないとな)
翔にとって、このお出かけはクリスマスパーティ用のプレゼントを買うだけではない。そのプレゼントとは別に桜花にだけ渡すプレゼントの下見も兼ねていた。桜花があまり好みを話さないのでこれを機に目星をつけようと思ったのだ。
桜花の先程の「クリスマスパーティ用のプレゼント」とわざわざ断定したのは翔の真意を見抜いていたからなのだろうか。
そこまで顔に出やすいタイプではないはずなので違いと思いたい。
「まだー?」
「もう少し待ってください」
しかし、遅い。
何をどうすればここまで時間がかかるのか、と詳しく聞きたいほどに遅い。翔は待ちきれずに洗面台の扉をがらりと開けた。
「終わったか?」
「まだです」
「もうそのままでよくない?」
「私もあまり気にはしていませんが最低限はさせてください」
「……」
「彼氏とお出かけするのですから」
「……はーい」
翔はそのままでも充分だと思っているが、桜花にそのような事を言われるとすごすごと引き下がった。しかし、引き下がったはいいが、今度は桜花が何をしているのかが気になってきた。
「ねぇ?今それ何したの?」
「えっと……。オールインワンジェルを塗って日焼け止めを塗ってリップをしたところです」
「なるほど……?」
翔にはよく分からないカタカナ語が沢山あって正直何が何だか分からなかったのだが、兎に角桜花が美しくなってきているのは分かった。
「それにしても唇がプルプルになってるな」
「リップを塗りましたからね。あ、今はキスしたらダメですよ」
翔はそのまま無視をしてその柔らかくぷるぷるの桜花の唇に口付けした。
桜花は翔の顔をぐいーっと右手で押し上げた。
「……こらっ」
「今のはフラグでは……。ごめん、なんでもないです」
桜花は嬉しいような困ったような変な顔をしていた。
キスされて嬉しかったが、今までのケアが全部無意味になってしまった、というところだろうか。
少し申し訳ないな、と思った翔は、
「出来るならメイクもしてみてよ」
「今すぐにでも行きたいのではなかったのですか?結構時間がかかりますよ?」
「何だか見てて楽しくなってきたからさ。元の形もいいけどさらにかっこよくする感じなんだな」
「……なら、メイクもします、けど」
桜花はそう言いながら洗面台の椅子を引いた。翔はこれからどんなことが起こるのだろうかと好奇心に満ちた視線を桜花に送った。
すると、桜花はその引いた椅子をぽんぽんと叩いた。
「翔くん、ここに座ってください」
「うん、何?」
翔は訊ねながらも大人しく座る。
「翔くんも整えましょう」
「え」
「せめて髪だけでも」
「……僕はそんなに変わらないよ」
「彼女とお出かけするのに?」
「……」
じとーっとした視線を向けられて翔はとてもいたたまれない気持ちになった。そこまで変わる余地がないと自覚しているのであまり意味の無いことだと視線で返してみるがその意が伝わるわけもなかった。
「私がメイクまでするのに、翔くんは何もせずにジャージでお出かけするのですか?」
「……お、お願いします」
「よろしい」
「それにこの髪質は手入れをしないともったいないですよ」
「そんな髪質あるか……?」
「私の好きにワックスをかけてもいいですか?」
「好きにしてくれ」
翔は自分でするよりはまともになるだろうと思って桜花に任せた。しかし、すぐに後悔した。
(膝に寝ているときならいざ知らず、完全に世話焼かれてるのは……恥ずかしいし、くすぐったいっ!)
「大丈夫ですか?顔が赤いようですが」
「な、何でもないよ」
「なかなか難しいですね」
「僕の髪質はなかなかに頑固でね」
「どうしてそんなに嬉しそうなのですか」
桜花がもう少しだけ長く世話を焼いてくれることになるから、という答えの返しは口には出さなかった。
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