第249話「遅れた○○日」


「ただいまー。お菓子買ってきた」

「お菓子ですか?また珍しいですね。翔くんが甘いものを買ってくるなんて」

「まぁ、流行に乗ってみた、というか。広告にまんまと釣られたというか」

「……なるほど」


 それだけで何の事かを理解した桜花は翔が買ってきた大量のお菓子が入った袋を受け取った。

 翔が甘いものを買うのは確かに珍しく、それに加えて広告に釣られることはあまりないことも余計に桜花を驚かせた。


 ちらりと桜花が中身を覗くとそこには予想通りのお菓子が沢山詰まっていた。


「飯後に食べようかと思って」

「それはわかりますが一人分としては多いのでは?」

「あれ?桜花も食べるかと思って二人分買ってきたんだけど……。いらなかった?」

「いえ、頂けるならいただきます。お菓子を食べるのは久しぶりです」

「味のバリエーションが多くて何が好きなのかわからなかったからとりあえず好きそうなもの買ってきた」

「ありがとうございます。では、手洗いをしてきてください」


 翔はそれから手洗いうがいを済ませて桜花の作ってくれた美味しい夕飯を頂いた。どれもこれも美味しくて翔の胃袋はすっかり桜花に握られてしまったように思われる。

 日々の上達が速く、もう翔の料理スキルは桜花に完全に抜かれてしまっているのを感じた。嬉しくもあると同時に少し寂しくもなる。


 桜花がやりたいからということで料理は全て任せているが、たまに翔も作りたくなる時がある。その時に桜花よりも上手ければ特に何も思わないのだが、下手になっていれば、自分が作るよりも桜花が作った方が美味しいのでやめておこう、という精神的な働きがある。


 桜花はきっと美味しく食べてくれるだろうが、なけなしのちっぽけな翔のプライドがそれを許さなかった。


 それ故に翔は広告にまんまと釣られたのかもしれない。


「今日も美味しかったよ。いつもありがとう」

「お粗末さまです」

「さて、二人しかいないけどお菓子パーティーと行きますか」

「その前に洗えるお皿は洗っておきましょう。後回しにするよりも先に済ませておいた方が自由な時間が増えますからね」

「皿洗いは僕がやるよ」

「大丈夫ですよ。今日は食洗機を使いますから」


 すっかり主婦に近い言動をするようになった桜花だったが、そのことには本人は勿論、会話している翔でさえ気付けなかった。

 桜花は食洗機の中に洗っていない皿を突っ込み、ポチポチとボタンを押して翔の元へと戻ってきた。


 翔の隣にちょこんと座る。


 翔はその機能があることなど今の今まで知らなかったので、驚きを隠せなかった。


「どうしましたか?」

「……いや?何でも」


 桜花よりも長い間、この家に住んでいるのだ。家の機能について桜花に遅れをとるわけにはいかない。


 翔は肩を竦めて誤魔化し、お菓子を開封した。


「11月11日といえば、これに限る」

「ポッキーしかありませんけどね」

「あ、商品名……」

「でも色々と種類があってどれも美味しそうですね。ノーマルのチョコ味、イチゴ味、それに……」


 大興奮の桜花に翔は苦笑した。

 これほどまでに喜んでくれるのならば買ってきた甲斐もあったというものだ。


「極細とか言うのもあるよ」

「細い……!沢山食べてしまいそうです」

「多めに買ってきたから沢山食べてもいいよ」


 では失礼して、と桜花は初めにイチゴ味のポッキーをとった。翔が買ってきたのはまさにパーティで使うような小分けにされたもので、一人分が分かりやすく食べやすい。

 桜花がイチゴ味をとったので翔はチョコ味を選択する。


「衝動で買ってしまったけど、たまにはいいものだな」

「そうですよ。あ、飲み物持ってきますね」

「ありがとう」

「お茶にしますか?それとも珈琲ですか?」

「甘いものには珈琲かな」


 翔は珈琲を頼んだ。甘いものを食べた後に苦い珈琲で口内を忙しく働かせる。それによって甘さに弛むことなく、いつまでも初めて食べたような心地を保てるのだ。


「お待たせしました」


 程なくして、珈琲が翔の目前にことりとおかれる。純黒に煌めくその珈琲は苦々しさを物語っていた。

 しかし、翔にとってそれは驚異ではない。むしろ歓喜すべきことだった。だから、翔は特に気にした様子もなく一口をまず頂いた。


「チョコ味美味しい」

「少しください」

「ん。じゃあ、あ〜ん」

「わ、わざとらしく言わないでください!」


 桜花は照れながらも小さな口を開けて翔に差し出されたポッキーをぱくりと食べる。翔はうさぎに人参をあげるような、感覚に襲われた。ポッキーが棒状なのが全ての元凶であろう。


「翔くんにも食べさせてあげますよ。はい、口を開けてください。あ〜ん」

「……あ〜ん」


 心の中では「ぐっ!!そんな餌付けをされてたまるあーん」と言った具合に完全に侵略されていた。


「可愛いですね……。これは永久保存版です」

「こ、これ撮るの?!」

「翔くんの珍しい表情を記録に収めなければ!」

「その前にもう一本いかが?」

「いただきます」

「ん」


 仲睦まじいお菓子パーティーである。

 翔は食べさせたり、食べさせられたりしながらこの極細ポッキーをどうするべきかと考えていた。

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