第196話「花火」
暗闇の中、一輪の花が咲く。
それはとても鮮やかで、艶やかで。しかしとても儚い。
人はそんな花火に心を踊らされ心を動かされる。
「綺麗だな」
「そうですね」
「夏だなあ」
「そうだね」
見ながら思うことは様々なはずなのに、決まって全員が心を揺さぶられる。
桜花が見ている。
翔が見ている。
カルマが見ている。
蛍が見ている。
三者三様ならぬ、四者四様の思いがあるはずなのに、決まって「良かった」と「風情があった」と「夏が終わっちゃったね」と同じようなことを口にする。
翔は水晶体にきらきらと光ながら映る花火をじっと見つめながら思考を全て自分ではない誰かに渡していた。
カルマが嬉しそうに「幸せだ」と言っていた。
翔も友達と、彼女と花火を見にこれて良かった。嬉しかったし、楽しかったし、カルマのいうように幸せでもあった。
だからこそ、もう終わりなのかと思うと辛かった。もうこれで友達関係が終わるわけでも、恋人関係が終わる訳でもないのに、花火大会は花火を全て打ち上げてしまえば終わりなのだと思うと辛かった。
これが花火の魔法なのだろうか。
もっと続けばいいのに、と願う一方で冷静にこれで終わりだと理解している。
「翔くんが泣き出しそうな顔をしています」
「え、どうしたんだ、翔?!何か嫌なことでもあったのか?!」
「何でもない。何でもないよ」
本当に何でもない。今、自分で自分に訊ねてみたとしても、満足できる答えは返ってこないような気がする。
「花火の魔法にかかったか」
「花火の魔法?」
「知らないか?花火を見ているとどうしようもなく感情を揺さぶられてしまう人がたまに居るんだよ。その人が思ったことは俺達には分からない。けど、秘めた心の何かが溢れてでてしまうっていう迷信」
「カルマくん……。迷信とか好きなの?」
「一時期ハマってた時があってな」
「翔くんはその人なのですか」
「分からないけど、そういうことでいいじゃないか」
カルマはそう言って笑った。
蛍はそんなカルマに寄り添って身体を預けている。
待ち合わせで会った時とはまるで別人のようにいちゃつく二人に桜花はよそよそしかった時と今とを重ねてくすりと笑った。
「桜花」
「何でしょう」
「生まれてきてくれてありがとう。僕の彼女になってくれてありがとう」
「急にどうしたのですか」
おろおろと狼狽える桜花に翔はさらに追い討ちをかけるように続けた。
「桜花が一緒にいてくれるから楽しい日々が送れて、いい友達にも巡り会えた。僕は幸せ者だよ」
「わ、私もです!私も翔くんがいてくれたから……」
桜花が耐えきれなくなってきたらしく、翔に反発して、言葉を紡ぎ始めた。
カルマと蛍が目を合わせ、頷きあった。
「タ〜イムストップ!」
「一旦落ち着け、な?」
こほんこほん、とわざとらしい咳が続く。カルマと蛍が二人でわざとらしくするために尚更うるさい。
「翔、そういうのは帰ってからしてくれよ」
「見てるこっちが恥ずかしいよ!」
「何だ、居たのか」
「酷い?!」
翔ももう随分と正気に戻っていたので、盛大にボケたつもりだったのだが、案外真面目に取ってしまったようで、翔が思うよりもダメージを負ったのかもしれない。
「ごめんごめん。ちゃんと帰ってからにするよ」
「翔くん?もういつも通りならそのままで……」
「それにしても翔が花火の魔法にかかる人だったなんてな」
「花火の魔法ね……。心が澄んだような気がしてる」
今の翔の心を表現するとするならば、澄み切った川、もしくは翔が言ったように心が澄んだ、というのが正にその通りだろう。
「そうか」
「カルマにも言ってやろうか?」
「遠慮しとく。今度高性能のカメラを持ってきた時にスピーチさせてやるよ」
「絶対言わねぇ」
翔は憑き物が落ちたように、心の底から笑っていた。
桜花はそんな翔を見て、そっと隣に寄り添った。
「翔くんが私を驚かせてきました」
「それはごめん。でも本当の」
「なので、私が翔くんを驚かせます」
「驚かせる?」
驚かせてきた、と過去形になることはあっても、驚かせる、という意思表示は初めてだった。
桜花はカルマ達に見えないように、翔の頬に唇をつけた。
翔は堪らずはっと目を見開いた。どきっと心臓が跳ねる。身体が急に固まって、動けない。
「どうした?何が悪いものでも食ってきたのか?」
「うるさい。ちょっ!こっち来んな」
「カルマくん達は何やってるの?」
「蛍!カルマをあげるからちょっと離れてくれ!頼む」
「カルマくんは私のだから。カルマくん、こっち来て」
「俺ってば物になってるぅ?!」
翔は何とかカルマを近づかさせないように頑張る。蛍に助けを求め、カルマを翔から引き離してもらう。
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