第6章「恋と愛とカップルと夫婦」
第171話「始業式」
9月が始まった。
それは二学期の開始を意味することになる。桜花も翔も色濃い夏休みを過ごしていたので、あっという間だというのが本音だった。
昨日まで一切手をつけておらず、夏休みの宿題に泣く泣く取り組んでいたカルマなどは今まで何をしていたのか、と小一時間ほど問い詰めてみたいところだが、終わらせたと自慢気に語る様子は最早感嘆させられた。
一年生の一学期を終え、何が終わり、何が変わったのか、と訊かれても困るというのが翔の正直なところだった。
別に勉強が出来なくなった、ということもないし、桜花と離れ離れになったということもない。
ふと、隣に座る桜花に視線を向けると、相変わらず、読書に没頭していた。
変わらない様子に堪らず苦笑が漏れる。
桜花が人声かければ集まってくれる友達などごまんといそうだが、桜花は人付き合いよりも読書の方にご執心らしい。
翔が自分はその他のカテゴリーには入っていないといいな、と思っていると、ずっと見つめていたのが、気に触ってしまったのか、桜花がこほんと咳払いをした。
「ごめん、邪魔したか」
「いえ、そういう訳ではありませんが、何か話したいことがあるのでは無いですか?」
一歩先を進み、何でしょうか、と訊かずにその先のことを訊ねてくる桜花は翔の思考をだいぶ読めるようになっていたと言っていいだろう。
「話したいことは山ほどあるけど……」
「けど?」
翔は少し言い淀んだ。
それは言いたいこと、と言うよりも伝えたいこと、と言った方がいいものだったが、それを伝えるにはどうしても今更感が否めなかったからだ。
翔が言葉を詰まらせたことを訝しげに思った桜花はぱたりと本を閉じ、翔の顔をじっと見つめた。
「はっきり言ってください」
「これからもよろしく……お願いします」
桜花に気圧され、翔は話すことを決意した。
そして、深々と頭を下げる。
心機一転、という訳では無いが、こうして節目に挨拶をすべきかな、と翔は思ってしまっていたのだ。
桜花とは夏休み中も、もっと言えば四六時中一緒にいるので、その挨拶は別に必要なかった。
それはどちらかというと、カルマや、蛍達に言うべきことだった。
桜花はその翔の言葉がおかしかったのか、くすくすと笑った後に、
「そうですね。私からもよろしくお願いします」
「……だから、言うべきか悩んだのに」
「でも、最後に言うと決めたのは翔くんです」
「それはそうだけどさ……」
その前の葛藤を考慮はしてくれないようだった。
「また一段と仲良くなったみたいだな」
「カルマか」
「久しぶりの再開なのに冷たいな〜」
翔と桜花が話していると、宿題に追われて、目元にクマを作ったカルマがやってきた。
「蒼羽くん、二学期もよろしくお願いします」
「翔は俺が面倒見るから安心してくれ」
「ん?桜花は僕のお母さんなのか……?!」
「さぁな」
わざとらしく肩を竦めるカルマは教えてくれそうになかったので桜花の方を向くと、桜花も薄く微笑むだけで何一つ翔の欲しい答えを教えてくれなかった。
翔は久しぶりにカルマと話して、やはり、カルマは自分の世界に他人を強要することなく招きこんでいるな、と感じた。
それはもう一種の才能であり、翔にはない部分だ。翔が約半年で構築した桜花との絆や、信頼をたったさっきの会話だけで、それ以上まで仲良くなったのではないか、と錯覚せざるを得ない。
「なぁ、翔」
「ん?」
「夏休み中も二人一緒に住んでたんだろ?」
「まぁ」
「なんか進展あったのか?進展ない方がおかしいもんな!ちょっと後で詳しく教えてもらおうか!!」
「暑苦しい!離れろ!」
カルマが腕を翔の首に回してわざとらしく頬擦りするので、翔は抜け出して、カルマの脇腹を突く。
「双葉さんは蛍が何か聞くと思う」
「……それは、困りましたね」
ふふ、と笑う桜花にカルマは翔へと目配せした。恐らく「こんな感じだったっけ?」という意味合いだと思うので、翔は自信を持って頷いた。
「蒼羽くんは蛍さんと何かありましたか?」
「何も無いといえば何も無く、何かあったのかと言われれば何かあったような……」
「何だその曖昧な回答」
「俺は何を蛍としたのだろう……?」
「見事に記憶を無くすなよ。さっきまでの夏休みの宿題で大事な記憶が飛んだか?」
「元々キャパオーバーだった説」
「伝える気ないだろ」
あぁ、いつものカルマだ、と翔は安心する。
何も変わってはいない、登校日に話しかけてくれた翔の唯一の友達。
「ただ只管に可愛かった」
「夫惚気か?」
「おっと、が「夫」に聞こえたのは気の所為だよな?」
「知らん」
「まぁいいや。自分、惚気よろしいか?」
「勝手にしろよ。でも終わったら僕もするぞ?」
「……せめて私のいない所でお願いします」
「私も」
翔とカルマが言い合っていると桜花が恥ずかしそうにぽつりと呟き、追随するように、こちらも聞き覚えのある声が聞こえた。
一瞬にしてカルマの表情が明るくなる。これはもう間違いようがない。
「蛍さん」
「久しぶり〜!元気にしてた?」
「久しぶり」
「うん、翔くんも元気そうだね。朝から惚気ができるほどに」
ちくりとお小言を言われたような気がするが、それはきっと元気が有り余っているね、凄いね、という褒め言葉だとして受け取っておこう。
「言われてるぞ」
「カルマくんも!」
しゅんとなったカルマにこれみよがしにぐふふ、と笑うと脇腹に手刀が入ってくる。痛い。
「あー、えっと。私から提案があるんだけどいいかな?」
三人がこくりと頷く。
「今度の土曜日に花火大会に行かない?」
花火大会のお誘いだった。
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