第153話「言われた事」
「一気に静かになったな……」
「そうですね」
修斗達を見送ったその日の昼頃。
一度、自分の部屋に戻り、仮眠というのが相応しいぐらいの睡眠をとったあと、朝食を食べ終わり、のんびりと時間を過ごしているとふと、そんなことを思った。
単純に人数が減ったということもあるだろうが、それよりも、心に空いた虚無がより翔の心をそう思わせるのだろう。
充達が来てから色々なことがあった。
主な話は桜花の頑なに話そうとせず、翔も恐れて聞かなかった過去の話のことだった。紆余曲折あった末に桜花はもう自分の中で解決したらしい。
翔としてはもう少し言いたいことがないこともなかったのだが、何度も言うように翔と桜花は究極的には他人であり、翔の物心着く前の話なのであまり、そこで出張るのもよろしくないだろう。
翔は代わりに桜花の髪を触ることにした。
「急にどうしました?」
「いや、何か触りたい気分になって」
「気分ですか……。もしかして、寂しいのですか?」
「さ、寂しい?」
翔は思ってもいなかったことを訊ねられて、面白いほどに困惑した。
翔の本音としては寂しいと言うより、気分を紛らわす何かが欲しかっただけなのだが、それを正直に話したところで今の桜花はそれを本当だと受け取らないだろう。
翔は何も言わずに桜花の髪をくしゃくしゃと激しく撫でた。
「ぼさぼさになってしまいます……」
「どこも出ないからいいだろ」
「翔くんが見ます……」
どうやら桜花は翔に見られるというのが嫌らしい。とはいえ、翔からして見れば、桜花の髪は枝毛ひとつなく綺麗に手入れされていて、多少、翔のせいで、乱れたとはいえ、まだまだ気にするほどではないと思うのだが、桜花の美意識がそれを許さないのだろう。
恥じらいも混ざって少し照れながら言ってくる桜花に翔はまったくの不意打ちでさっと頬を赤らめてしまう。
「桜花の髪は綺麗だから大丈夫だよ」
「むぅ」
「プールとか海とか行ったらこれ以上だろ?」
「その時はその時です」
「何だそれ」
翔は堪らず苦笑した。
久しぶりに桜花の意固地なところが見れて嬉しいような、しかしやはり困ったような、そんな苦笑だった。
「海……」
「ん?海がどうかしたか?」
「いえ……。そう言えばお母さん達に水着も頂いたな、と思いまして」
「海行きたい」
翔は即答した。梓や佳奈が桜花に何を着させていたのかは知らない。しかし、水着も着せ替え人形の範囲に入っていたというのならば、見てみたい。
桜花は翔の食い気味の言葉に文面だけでなく、その隠された男の思いも看破したようで、
「翔くんのえっち」
「ぐはっ」
今はしっかりと服を着ているにも関わらず、腕で胸を隠し、恥じらいの表情を見せる桜花。
そのプロポーションと桜花の「えっち」の一言に翔は吐血しかける。
その桜花の前では、水着を見てしまうの不可抗力である、という弁明や、まだ夏なのにプールや海に行っていないために半ば諦めていた事だったので、つい、という告白も白露に消える。
「水着気になるなー」
「いやです」
ちらちら、と桜花の様子を伺うも迷いなくばっさり言い切られてしまう。
「じゃ、じゃあ!海行きたいな!」
「何が変わったのでしょう……?でもそうですね。海には行ってみたいです」
「行くか!海!」
「人混みはあまり好きではありません」
むしろ、嫌いです、と桜花が言う。確かに桜花の美貌でしかも、水着姿で砂浜を闊歩していたら、注目の的でしかないだろう。
それはいけない。すこぶるいけない。
しかし、翔には秘策があった。
修斗に言われた助言に従うのはこの時だろう。
「どこかの無人島に行こう!」
「……はい?」
「それなら、人もいないし。一種のプライベートビーチとも言えるな」
「お金が……」
「船を出してもらうだけだから桜花が思ってるほどはかからないと思うぞ」
実は前々から調べている翔はもう大方の費用などは把握してある。あとは桜花の意思のみ。
修斗も娘ができて喜ばしいのだろう。翔一人なら、ここまでの贅沢は絶対に許されていない。
「段々と断れない雰囲気になっているような……」
「いや、別に無理しなくていいぞ」
「でも、プライベートビーチは夢ですし……」
珍しく桜花が乙女の悩みを抱えていた。
翔も金銭はすべて修斗のものなので強くは言い出せないが、きっと桜花なら乗ってくるだろう、と予感している。
やがて。
「分かりました。ですが条件があります」
「何でしょうか、お嬢様」
「からかわないでください!条件は……私をえっちな目で見ないでくださいね?」
「……」
「翔くん?」
「……はい」
えっちな目で見ないかどうかは今の翔には分からなかった。
だが、それでも翔は水着に大変興味深く反応してしまったことでここまで、引っ張られるのかと内心思っていた。
次から言動は気をつけよう。
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