第138話「桜花の両親」
ピンポーン、とインターホンが鳴ったかと思うと、がちゃり、と玄関の扉が開いた。
翔は遂に帰ってきたか、と身構えた。
インターホンを鳴らした意味はわからなかったが、翔達に気付かせるためだろう、と勝手に解釈しておく。
「桜花」
「はい」
翔は桜花を呼び、揃って玄関前に並んだ。一応、ここの家の主人は修斗であるが、その修斗に家の事と桜花のことを任された翔は修斗と面と向かうまではしっかりしようと思っていた。
「ただいま」
「元気にしてた?」
修斗が翔達に気付いたようで、温和な笑みを浮かべた。梓は相変わらず元気がありあまっているようで、以前と変わらない様子に翔は桜花と顔を合わせてくすっと笑った。
「おかえり」
「お帰りなさいませ。お荷物お持ちしますね」
「じゃあ、食べ物だけ急いで冷蔵庫の中に入れてくれるかしら?」
梓は恐らく食べ物が入っているのであろう袋を桜花に渡した。桜花はそれを受け取ったあと、ぱたぱたと奥へ引っ込んだ。
「私達も邪魔して構わないのだろうか」
「お邪魔ではないかしら?」
梓と修斗の間から見え隠れしている二つの人影に翔はこの人達が桜花の両親なのだろうか、と思った。
翔が気付いたことに修斗達が気づいたのか、一足先に、と言わんばかりにせっせと靴を脱ぎ、リビングへと入っていった。
せめて、大人ならば一緒に連れてきた人の面倒も見てくれ、と思ったが、ここで子供らしく見境なく抗議しても何の意味もないので、翔はとりあえずお辞儀をした。
「両親から伺っております。どうぞ」
「迷惑をかけます」
「ごめんなさいね」
本当ならばここで今すぐにでも問い質して、納得いかなければ放り出してしまうつもりだったのだが、物腰がとても落ち着いていて、桜花から聞いていた両親の像とは全く似つかないことに今更ながらに不安が募る。
「あぁ、そうだ。先に自己紹介を。私は双葉充です」
「私は妻の佳奈です」
「息子の……翔です」
しかし、自己紹介を受けてその不安は杞憂だったことを悟る。確かに先程、桜花と同じ苗字を名乗ったのだ。これはもう間違いようがないだろう。
充は落ち着いた雰囲気を持つ人で動作の一つ一つが全て意識を引かれる。その射抜くような瞳で一瞬見られた翔は無意識に背筋が伸び、緊張してしまっていた。
佳奈は逆に温和な性格なのだろう。その性格が滲み溢れたかのように垂れ目でおっとりとしている。桜花がたまに見せるふにゃっとした顔によく似ていた。
翔は修斗達に遅れてリビングへと入っていく充達を送りながら、桜花は佳奈からの遺伝の割合が多そうだ、と思った。
翔もあとを追うようにリビングへと入っていく。
「お茶を入れてきました」
「ありがとう。助かる」
翔が戻った途端に桜花がお盆に人数分の湯飲み茶碗を入れて持ってきてくれた。
「父さん、一応もう一回説明して貰ってもいいか?」
翔が桜花から受け取り、各人の前に置いていきながら訊ねた。翔は前にメールを貰っていたのだが、それでも本人の口から聞きたかった。
「英語で話そうか?」
「勉強にはなりそうだけど、理解にはならないから日本語で頼む」
「英語……!」
桜花がこれはリスニングとスピーキングの勉強になるかも、と期待しているような声を漏らしたが、今は掘り下げないでおく。
修斗がアメリカに渡っていたので、英語をマスターするのは当たり前といえば当たり前なのだが、こうあからさまにマウントを取られると、いくら父親でもむっとくるものがある。
やはり、海外移住は凄い。
「 私達は一応の休暇が取れたので、息子と将来の娘の顔を見るために日本に帰国しようと思った」
「英文を訳した日本語みたいになってるが……。それで?」
「元々、私がアメリカに渡ったのは高校生の時からの友人が、という話はしただろう?」
「聞いたよ」
「その友人が充だ」
まるで説明になっていなかったが、修斗が段々としかし急激に日本語が上達しているのを聞いているとおかしくて、それどころではなかった。
今の話にメールでの内容を合わせると、大体はわかる。
充と修斗は高校時代からの親友だったそうで、その縁で修斗はアメリカに単身赴任することになった。実際には翔と桜花の説得があって、梓もついて行くことになったのだが、向こうでの仕事が一段落して、有給なり何なりが取れたということで、修斗は帰ることにしたのだそうだ。
その時に、充から「私もついて行って構わないか」と打診があったのだそうだ。
修斗はしばらく悩んだものの、了承した。
何も無かった以前と比較して、今は翔が彼氏として心の支えになっているはずだし、大丈夫だろう、と判断したらしい。
翔への負担が大きすぎるような気もしないでもないが、そう書かれてあったので、自分の中で消化するまでに時間はそうかからなかった。
「その……み、充さんは?」
「あぁ。桜花の父上だ」
お義父さん。
そう声にして出してしまいそうになったが、何とかこらえた。まだ認められていなかったから、というのも勿論あったが、隣に座っていた桜花がすっかり固まってしまったからだった。
「十五年ぶりぐらいになるのかしら」
「もうそんなに経つのか。時間の経過とは早いものだな」
呑気な両親を引っぱたいてしまおうかと思ったが、今は桜花の方が先決だ。
翔が軽く肩を叩いてやると、ぱちくり、と大きな瞳で見据えてくる。
「これ飲んで落ち着け」
「……はい」
翔はお茶を注ぎ、桜花へゆっくりと飲ませた。
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