第117話「喧嘩でしょうか」
カルマとの会話が終わると直ぐに帰宅した翔は先に帰ってきていた桜花にカルマと話して気になった事を訊ねてみた。
親友だから、という訳では無いが、いつもと違う様子なのは見て取れたので、蛍と一緒にいたであろう桜花も何が感じたことがあるのではないか、と思ったからだった。
「カルマの様子が何か変だったんだけど、何か知ってるか?」
「あぁ……えっと……」
知っているどころではないような口ぶりだった。しかし、その口はどこか重たく、言ってくれるような雰囲気ではなかった。
「止められてるのか」
「はい」
この時点で翔の問いである「何かあったのか?」に対する答えは出ているようなものではあったのだが、その先も知りたいと思うのは当然の事だったので、翔は特にその点については触れなかった。
「まったく……。明日だって言うのに」
「どちらが悪い、という訳ではなさそうなのですが……」
「でも結局のところ、喧嘩している状態なんだろ?」
何かしらのことで喧嘩をしてしまったのだろう。カルマは蛍に完全に心酔して惚れ込んでしまっているので、表面上に出てしまったのだろう。
カルマらしいな、と心の中で苦笑しつつ、もう少し建設的なアドバイスをしてやればよかったかな、と少し後悔した。
喧嘩の理由を知らないので何とも言えないが。
「桜花、僕が今から質問するから首を振って応えてくれ」
「翔くんは知ってどうするつもりなのですか」
ただの興味本位では例え彼氏であっても教えるわけにはいかない、という強い意志を感じた。
興味が無い、といえば嘘にはなるが、翔が知りたいのは明日のダブルデートをよりよくしたいがためだった。
初めての経験をするのだから、万全の状態で臨みたい。初めての経験が次、またもう一度行きたいか、そうでは無いのかを決めると言っても過言ではない。
少なくとも翔はそう思っている。
そんな思いを瞳から感じたのだろう。
桜花はふっと息を吐いたかと思うと「教えます」と言ってくれた。
「それは嬉しいけど……大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないですけど……翔くんなら構わないかな、と。私も早く仲直りして、その……デ、デートを楽しみたいですから」
ややつっかえながらも嬉しそうに微笑む桜花に抱き締めたい衝動が湧いてくるが、今はそのときではないと宥めた。
翔はカルマと蛍がどうして喧嘩してしまい、今のようなぎこちない感じになってしまったのかを教えてもらう。
「最終的な引き金は蒼羽くんしか分かりませんが、蛍さん曰く、ある出来事だろう、と」
「ある出来事?」
「蛍さんがプリントの配達を先生に任されて運ぼうとした時に、男子二人が代わりに持ってくれたそうです」
「そいつら……まさか」
「蛍さんの事を想っている方、もしくは言い方を悪くすると蒼羽くんのことを嫌っている方ですね」
学校、という狭い社会空間にいる以上はある程度仕方の無いことだ、とも言えなくは無いのかもしれないが、それをあからさまに行う奴がいるとは驚きを通り越して呆れてしまう。
相手が弱小の翔ならまだしも、須藤でさえまるで歯が立たなかったカルマの彼女なのだ。早々に諦めてしまった方が身のためでもあるし賢い選択だ。
「プリントは任せたのか?」
「えぇ。ですが代わりに色々と聞かれたようです」
「恋愛事情?」
「恐らくは。……その時に運の悪いことに蒼羽くんもいたようで」
「ほぅ……」
「焦った蛍さんは「カルマくんもみんなも同じ感じだよ」とはぐらかしてその場を離れたそうです」
「あっ……それだな」
決議を弄することも無く、それが引き金であることが確定した。
確かにどちらも悪くない。
悪いのは自分達を売り込みに行き、下世話な話を振ってしまった男子二人だろう。
彼女から他の男子と同等である、と言われるとどんな気持ちに陥ってしまうのだろうか。
「翔くん……?」
「目にゴミがはいっただけだ」
秒だった。
これはカルマ運が悪すぎた。
翔は桜花に「大丈夫ですか」と撫でられながら、カルマと蛍のすれ違いの修復方法を思案する。このままでは最悪の場合、別れることにもなりかねない。
二人で決めたことなら、他人の介入する余地はないが、この場合は完全なる勘違いが素なので、何としてでも阻止しなければならないだろう。
「桜花」
「何ですか?」
「僕にされて一番嬉しいことは何だ?」
至極真っ当な顔をして聞いて見たのだが、つい頬を緩める桜花の顔を見てるとつられて笑ってしまいそうになる。
「何でも嬉しいですよ」
「特には?」
「……優しく抱き締めてくれるとき……です」
ぴゃあ、と顔を隠してそっぽを向いてしまった桜花を見ながら、カルマにそれをさせれば仲直りの一歩になるのではないだろうか、と思った。
問題は公衆の面前、また翔達の目前でカルマが男を見せれるのかどうかだ。
一応のアドバイスは決まったので、後ほどカルマにメールをしておくことにして、翔は先程の桜花のリクエストに応えてやることにした。
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