第93話「障害物競走」
遂にその時が訪れる。
障害物競走は男女で分けられることなく、一緒に挑戦する四人が一列に並び、後へと続く。
翔と桜花は同じ時に走る、言わばライバルであり、その他には男女一人ずつが内訳として入っている。
男女で別れていないのは足の速さでどうこうなる種目ではないからだろう。障害物を如何に速く淘汰し、最後の関門に時間を残せるか、だけだ。
最後の関門、というのはお題に合うものを観客などから借り受ける障害物のことだ。翔の学校のお題は何でもありらしく、昨年は「彼女」というお題があったそうだ。
いない人だと一体どうしたのだろうか、と翔はカルマから聞いた時に思ったが、幸いにもその人は先日に付き合ったばかりの彼女がいたらしく、恥ずかしそうに手を繋いでゴールしたという。
十中八九、主催者側の関係者の人間が、面白半分か、祝福かは分からないが、噛んでいるだろうが。
「位置について」
あまり乗る気ではなかった翔だが、いざ、スタートラインに立つと否が応でも集中力が高まり、身体が熱くなってくるのを感じる。
緊張か、武者震いか。
翔はよし、と気合を入れる。
「よーい」
束の間の沈黙の後、ピストルの音が高らかに響く。翔はそれと同時に走り込み、上々のスタートを切った。
ちらりと桜花を見るが、桜花はすっかり集中してしまったようで、目の前だけを凝視していた。
障害物競走のコースは平均台、網くぐり、ぐるぐるバット、背面キャッチ、最後の関門だ。
どれをとっても一つだけする分には何の問題もないのだが、それを一気に行うと負担が大きいのは練習をしてみて理解している。平均台は二台しかないため、初めの二人に入らなければならないし、網くぐりは抵抗力を如何に減らすか、三半規管が弱い翔にはバットも試練になるし、背面キャッチの成功率は五分五分といったところだ。
だが、その不安も打ち消すように翔は次々とクリアしていく。桜花も負けじと翔のすぐ後ろに着けているが、若干のもたつきがあるのは否めない。
「よっこいせ」
ボールを高くあげて掛け声と共に浅く曲げていた膝を使い、衝撃を吸収する。
見事にボールは吸い込まれたようにカゴにすっぽりと収まり、翔は最後の関門へと進んだ。
四つのカードを選べる状態で選び放題であった。翔は一番近くにあったカードを引き、書かれている内容に目を通した。
お題は「学校一の美人をお姫様抱っこ」と書いてあった。
目を疑った。翔はもう一度読むが、その文言が変わることは無かった。これを書いた人に覚えは一人しかいない。放送席付近にいる蛍に人睨み入れると、可笑しそうに笑っている。
さて、どうしたものか、と首を捻っていると他の人も背面キャッチが終わったらしく、次々にカードを引いていく。
翔が引いたものとは違い、簡単にクリア出来るものだったようで、後から来たはずの男女二人に抜かれてしまった。
学校一の美人というのは蛍が書いたならば桜花のことを指しているのだろう。それは理解できるのだが、どうしてお姫様抱っこなのだろうか。
翔も男子なので、同い年の女の子を持てないほど力がない訳では無い。だが、公衆の面前でする勇気はなかなかでない。
「翔くん」
一応、桜花を呼ぼうと思っていると驚いた事に反対に桜花から名前を呼ばれた。
「翔くんがお題なので来てください」
「僕がお題って……一体何が書いてあったんだ?」
「秘密です」
桜花がぐいぐい腕を引っ張るので翔も桜花が必要だ、という趣旨の説明をし始めた。
「桜花もお題なんだが」
「私がですか……?」
「ちょっと我慢してくれよ」
言うが早いか、翔は桜花を横に抱き抱えた。小さい悲鳴と共に翔は首に腕を回され引っ付かれる。
あちこちから黄色い悲鳴があがっているのを極力気にしないようにして、翔はゴールを目指す。
「翔くん……恥ずかしいです」
「ごめん、でも僕もだ。お題に書いてあるんだから、仕方ないんだ」
無事ゴールへと辿り着き、桜花をゆっくりと下ろすと、今まで一度も聞いたことがないような拍手喝采が巻き起こった。
「はい、お二人さんのお題を確認させていただきますね〜」
「蛍さん……いつの間に」
蛍がいつの間にか翔達の元へとおり、平然な顔をしてカードを確認する。蛍はマイクを所持しており、司会的な役割を担っているらしい
「響谷くんのお題から確認しま〜す。えっと、お題は「学校一の美人をお姫様抱っこ」です!クリアですね!」
翔が急に抱き抱えたことに対して、不満を持っていた人もこのお題を聞いて一先ずは矛を収めたはずだ。
翔はクリア、の言葉を聞き安心のあまり息が漏れた。
「さて、お次は双葉さんのお題ですね。……はいそこ、問答無用でクリア、とか言わない。それだと勝負の意味が無くなっちゃうでしょ!」
桜花のことを好ましく思っている人が野次を飛ばすが、蛍が見事に笑いへと変える。
「お題は……「あなたの一番大事な人」です」
「桜花……」
「秘密がばれてしまいましたね」
翔は名前を呼ぶので精一杯だった。一方の桜花は何もかもわかっていたらしく、余裕を持った悪戯っ子の笑みを浮かべている。
翔も釣られて笑うが、ひきつった笑いになってしまった。
一瞬の静寂の後、観客(生徒)が阿鼻叫喚し学校行事は教員が総動員されてどうにか強引にやり切って終了となった。
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