第61話「写真を撮ります」


「ふーっ。これで一息つけるな」

「流石に疲れました」


 グリーン車へと乗車して早々、二人は先程までの苦難を省みた。


 新幹線に乗る。


 たったそれだけの事だったのだが、このゴールデンウィークという特別な連休をすっかり失念したいたのだ。


 詰まるところ、翔達と同じように乗り込む人がごった返し、人混みでもみくちゃにされたのだ。


 うっすらと脂汗を浮かせた翔はとりあえず荷物、と座席の上部にスーツケースを乗せる。


「ん」

「……?」


 翔がついでとばかりに手を伸ばすとその手が意味することをイマイチ分かっていないのか首をこてん、と傾げた。


 そして、合点がいったように頷くと桜花は翔の手に己の手を重ねた。


「えっと……何してるんだ?」

「こちらが聞きたいです」


 違うと気付いたようで少し恥ずかしそうに手をのけた。

 翔は少しもったいないような気がしたが、ずっとあのままでもいかない。


 こほん、と場直しの空咳をする。


「荷物、上げといた方が広く使えるだろ」

「あぁ……。そういうことですか」


 納得がいったようで、お願いします、と桜花の荷物が入ったスーツケースを受け取る。


 思ったよりも重量があり、一体何が入っているのだろう、と不思議に思ったが、聞くべきではない、と勘が告げていた。


 ようやく落ち着き、翔も腰を下ろす。


 二人席の座席は桜花が窓側で、翔は通路側だ。グリーン車は広々とした空間なので狭いとは感じない。


 しかし、強いて言うとするならば隣座席と近く、布が擦れているのを感じるとどうしてもそわそわしてしまう。


「窓側が良かったですか?」


 落ち着きがないのを見て、桜花が提案してくれる。


「通路側でいいよ。これで変わると子供みたいだから」


 しかし、翔は辞退した。

 新幹線や、飛行機などの花形な乗り物は窓側で流れていく景色を見るに限る。それは一番の楽しみと言い換えることが出来る程で翔がそれを奪うのは気が引けた。


「それでは私がまるで子供みたいではないですか」

「成人してないから子供だ」

「翔くんもです」

「それもそうだ」


 ぷく、と子供のように抗議してくる桜花が破顔し、くすくすと笑いだしたのを見て翔もつられて笑った。


「弁当食べるか」

「そうですね」


 桜花にシウマイ弁当を渡し、翔は鶏飯を膝の上に置く。

 新幹線は結構な速度で走っているはずなのだが、ほとんど揺れがない。


「美味しいです」


 桜花が既にぱくりとひと口を食べてしまったようだ。翔は頬張っている桜花を見て、急いでスマートフォンを取り出した。


「な、何ですか?」

「思い出思い出。美味しく食べて」


 カメラを向けると桜花が動揺したので、軽く説明する。

 桜花は恥ずかしそうにしながらも了承してくれた。


「後で翔くんも撮ります」

「えぇ……」


 条件を付けられてしまったが。

 パシャパシャ、とプロのカメラマンもびっくりであろう速さでシャッターを切る。


 翔が一頻り満足し桜花に目を向けるとじとっとした目を向けられていた。


「撮りすぎです」

「興が乗った……。ごめん」


 つい夢中になってしまっていた。

 いくら了承したとはいえここまでしつこくやられれば嫌気も差すだろう。


 素直に謝ると、桜花はごそごそとスマートフォンを取り出した。


「倍の枚数、撮ってあげます」

「いや、あ、謝るでそれだけはやめ」

「いやです」


 つーんとそっぽを向かれ、翔の話は聞いてくれそうになかった。


 翔はあまり、写真を撮られることに慣れていない。そして自分の顔に自信もない。


 桜花の様になっていたあの光景を写真に収めるために即断してしまったが、写真に残されるのはあまり嬉しくない。


 一枚なら我慢できただろうが先に50枚程撮ってしまっているので、言い訳ができない。


「せめて同じぐらい……」

「いやです。私が満足するまで撮り続けます」


 翔が桜花の言葉に困ったように眉を八の字にすると、パシャッと桜花がシャッターを切った。


「はぁ……」


 ふふ、と悪戯っぽく笑みを浮かべる桜花に何を言っても無駄なことをようやく察した翔はさっさと鶏飯を頂くことにした。


「美味しい」

「そうですか。こちらもどうですか?」


 パシャパシャと音が鳴っているのはもう聞こえないことにしよう。そうしよう。


 翔が鶏飯に舌鼓を打っていると、ぬ〜っと白飯が漂ってきた。


 食べ比べか、それもいいかも。


 と、翔は特に不自然を感じることなくぱくついた。


「どうですか?」

「うん、これも美味しい」

「後で鶏飯も貰いますね」

「今食べればいいだろ」


 翔は桜花の一口分ほどの鶏飯を箸でつまみ、桜花の口元に持っていく。


 顔を真っ赤にして目を泳がせている桜花に苦笑が漏れる。


「毒は入ってないぞ」


 その言葉が効いたのか意を決したようにぱくっと鶏飯を頂いた桜花は耳まで顔を朱に染めていた。


「……美味しいです」

「だろ?」


 同じ感想を得られたことに嬉しくなった翔はもう一口あげようとする。


「大丈夫です、本当に。私もありますから」


 やんわりと断られた。

 まぁ、それもそうだな、と翔は割り切り、再び鶏飯に舌鼓を打つのであった。

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