第60話「新幹線に乗ります」
「……と、このぐらいでいいでしょう」
「あ、ありがとうございました」
桜花が満足し、ようやく解放された時と同じくしてバスは目的のバス停で止まった。
料金を払い急ぎ足で出る。
予備知識ではなく、最早、一から十まで全て教えられたような気がしたが、自分でも驚く程、頭に入っていて無駄ではなかった、と前向きに考えることにした。
何気にバスを見ると中のすぐ近くにいたサラリーマンが名残惜しそうに翔、ではなく桜花を見ていた。
変態……としみじみ思っていると、桜花が覗き込んできた。
「どうしました?ぼーっとして」
「いや、視線で駆除していただけだ」
「視線で駆除……?」
日本語としては分かるが意味としては分からない、と言った感じで繰り返した桜花に何でもないよ、と仕切り直し、翔は駅へと向かう。
桜花も大したことでは無いのだろう、と割り切ったのか、てとてと、と急ぎ足で追いかけて来た。
「僕は駅員と話してくる」
「分かりました。近くにいますね」
「うん」
駅に入ると早々に翔は用事を済ましておくことにした。
翔が持っている修斗からの旅行券は宿泊も新幹線の券も全て同じものなので、一度、駅員のような関係者に通しておかなければならないのだ。
桜花も充分に理解している辺り、翔の知らないところで読み込んでいたのだろうな、と思う。
特別に人見知り、という訳では無いので、二言、三言、用件を伝え、受理の返答を聞き、桜花の元へと戻った。
「終わったぞ」
「案外、早かったですね。もう少し長いのかと思っていました」
「ま、券として認識してもらって特別に発行してもらうだけだからこんなもんだろ」
少し血相を変えていた駅員に多少の疑問はあったが、そこまで気にすることではないだろう。
実は修斗の用意した翔の持つ、その紙切れ二枚は、普通の庶民なら手が出せない代物で、無くせば福沢諭吉が何百枚と飛んでいくものだったのだが、翔も桜花も知る由もない。
「問題なく行けるのなら構いませんけど」
「そこは安心してくれ。……それより何してるんだ?」
きっぱりと言い切ったあと、桜花のしている事が気になって訊ねた。
桜花はしげしげと駅の中にあるお土産を眺めていた。
それだけを見ればお土産を選んでいるのだろう、と思えるがまだ目的地にも着いていないのにお土産を買うとは翔には思えなかったので不思議だった。
「お土産を見ています」
「え、買うの?」
「買いませんよ。帰りには買うかもしれませんが」
何を言っているのですか、とばかりに否定される。
元より、買う気は無いだろうと思っていたために複雑な気持ちになった。
「買うといえば、こちらですかね」
「お弁当……?」
桜花が隣のブースを指し示した。
お土産コーナーの隣には駅弁コーナーがある。ちらりと時計を見やると新幹線の中にいる時間で昼を跨ぐだろうと推測できた。
「時間も丁度いいし、買うか」
向こうに着いてから何か食べようかとも考えていたのだが、駅弁も悪くないような気がした。
やった、と小さく呟いて嬉しそうにガッツポーズする桜花にやられたと思うことにしよう。
「どれにしますか?いっぱいあって困ってしまいます」
困ってしまいます、と言う割には楽しそうだ。
翔は近づいて何があるのか、と選別を始める。あまり臭いがあるものは公共の場なので避けておきたいところだ。
臭いで決めるのはどうかとも思ったが、桜花に好きな物を選ばせようとすると臭いが混ざるのはよくない。
という、誰に対するでもない言い訳を作った。
「海鮮……牛タン……かしわ飯」
「地域の特色混ざりすぎじゃないですかね?」
「北海道、東北、九州です」
「ここは一体どこ?!」
「駅です。……と、私はこれにしますね」
桜花が選んだ駅弁は東海の駅弁であろう「シウマイ弁当」だった。あまり待たす訳には行かぬ、と翔はぱっと何も考えることなく弁当を引っ掴んだ。
「鶏飯ですか」
「お、おう。気分的に」
桜花から弁当を受け取り、会計を済ませた。本当は桜花に財布の管理を任せた方が確実なのだろうが、同じく暮らしていたとしても女の子に買ってきてもらうのは男が廃る気がしたので、翔が財布は所持している。
桜花も文句はないようで何も言わなかったが、その時の目が「余計なものには使わないでくださいね」と雄弁に語っていたので日頃よりも気を付けている。
「一息ついたら渡すよ」
「はい」
荷物を持っている桜花に弁当を持たすのは気が引けたので、翔が持っておくことにした。
「グリーン車でしたよね」
「奮発したんだなぁ」
他人事のように翔がいうと、桜花はむっと眉をひそめた。
「もう少し感謝してください」
「してるよ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「それは感謝ではなく、お経です」
おどけて見せると毒気を失ったようで桜花は肩を竦めた。
ここまで奮発したのは翔ではなく、一概に桜花のためだろう。初めてのそれも美形な娘が出来てまだ、熱が冷めきって居ないようだ。
「僕じゃなくて桜花のためだろうけどな、グリーン車とか旅行費出してくれたのは」
「……少し申し訳ないですね」
ふっ、と堪らず笑いがもれた。
そこまで気にすることではないだろうに。
その純粋さが彼女の良さであり、両親も気に入っているところだろうが。
「何ですか」
「楽しんで帰ればそれでいいんだよ。思い出を作るきっかけを作ってくれたんだってぐらいに思っておけばいいさ」
どうせ桜花が来なければ使われることのなかったお金出し、と付け加えるとふふっと笑われた。
「では、一緒に思い出を作りに行きましょう」
「あぁ、行くか」
お弁当の温かみよりも暖かいと感じる雰囲気だった。
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