第33話「お迎えです」



 保健室へ帰り、たっぷりとお説教を食らったあと翔はもう一眠りし始めた。


 熱は完全にぶり返してしまっているため、頭が割れるように痛み、すっかり冷えてしまっていた布団が気持ちよかった。


 そして、懐かしく楽しい夢を見た。

 いつもの夢の中の友達が今回ははっきりと見えた。友達は女の子だった。

 今回の夢はその女の子と一緒に花冠を作る夢のようだ。


 翔は頑張って取り組もうとするが、手先はあまり器用な人間ではなかったので、その女の子が作ったものよりもいくつか見劣りしてしまうものが出来上がる。


 夢の翔はそれが嫌で嫌で堪らなかった。


 この女の子よりも綺麗な花冠を作るだ、といきり立っていた。


 ようやく作った花冠もやはり、女の子が作ったそれには到底及ばなかった。


 しかし、女の子は翔が作った花冠を頭に乗せて訊いてきた。


 どうかな、と。


 翔は素直に可愛いよ、と褒める。


 女の子は恥ずかしそうにモジモジしたあと、えへへ、と頬をかいた。


 それは翔くんが一生懸命作ってくれたからだよ、と嬉しそうに言った。


 翔はその女の子の顔と別れ際で見た桜花の顔が重なって見えたような気がした。


 それからしばらくして。


 安眠に近い睡眠を得た翔はふと、目が覚めてしまいうっすらと目を開ける。


 太陽は夕日の朱色に染まっている。


 そこで翔は今が夕方で自分はすっかり寝入ってしまっていたことを察した。


「響谷くん、居ますか?」


 起き上がろうとしたときに、カーテン越しに声が掛かる。

 ベッドから出ようとするな、と怒られたばかりなので、翔は声から桜花だと分かっていても、養護教諭が来たと身体が錯覚し、布団に入って寝たフリを始めた。


「入りますよ」


 寝たフリをしているため桜花へと返って来る言葉はない。

 桜花はベッドの横に置いてある椅子に腰かけた。


「寝ているのですか」


 疑問、と言うよりは確認、と言ったような感じの呟きに翔はつい反応してしまいそうになった。


 寝たフリをする意味はなく、今からでも起きたフリをすればいいのだが、翔はメデューサに睨まれてしまったのか、石のように動けない。


「一応……」


 ぺたん、と翔の額に何か温かいものが乗せられる。


「熱は治まったようですね」


 それを聞いて翔は先程のは桜花の手だった事に気付いた。

 翔が起きていれば絶対にしない、というより、恥ずかしくなって拒んでしまうことだ。


 心做しか血流の巡りが大変宜しくなり、体温が向上していくのを感じる。

 桜花の手は離れていたので気付かれることはない。


「響谷くん」


 桜花は翔が眠っている事を確信したのか、普段は絶対に出さない甘く囁くような声を出した。


 桜花は翔がカルマによって連行されてからも一人で悩んでいたのだろう。

 いや、心の整理をつけていたと言うべきか。


 誰しもが注目してしまうような美貌を持つ桜花とお近付きになりたい者は居ても、滅茶苦茶に壊してしまおうとした者は須藤が初めてだったのだ。


 須藤が心に追わせた記憶は到底許されるべきではなかった。

 勿論、須藤も最初は桜花に対する好意だったのだが、それがどこかで嫉妬へと変わり癇癪を起こすまでに至ったのだ。


「私は初めて人が怖いと思いました。今まではそこにいる存在とだけ見ていればそれで良かったのです。でも、須藤くんはそれを許してはくれなかった」


 まだ癒える所には到底来ていないようで、震えているように感じた。

 桜花は眠っている翔の手に己の手を重ねる。


 翔は少しだけ反応したが、悟られることはなかった。


「私に好意を抱いてくれているのは何となくですが察してました。読書ばかりしている私なのにどうして、とも」


 桜花は一人では整理しきれなかったことを一つ一つ吐露していく。


「私は私の恋をしてはいけないのでしょうか」


 悲しげに言う桜花はまるで水を失った花のようだった。

 そこまで桜花が気負う責任はどこにもないはずなのに、桜花は背負い込んでしまっている。


 翔があの時動いたのは手遅れだったのだ。

 もっと早く助けに行くべきだったのだ。


 後悔の怒りが湧き、悔しくて仕方がない。


 重ねられた手を軽く握り返してやる。


「響谷くん……?どうして涙を?それにとても熱いです」


 急に握り返されたことに慌てながらも翔の後悔の涙をしっかりと捉えていた。


「この熱さはまた熱が……?」


 これは握り返そうと決意した恥ずかしさでの事だったのだが、そうとは気付かない桜花は手を握られているため、手で検温することができない。


 仕方なく桜花は顔を近づけて行く。

 今の桜花にとって羞恥心よりも翔の体調の方が何倍も大事だった。


 ぺたん、と先程とは違う感触が翔の額から伝わってくる。しかも、先程とは違いすぐ近くで吐息が聞こえてくるしなんなら、かかってすらいた。


 流石に翔は目を見開いた。


「あ、起きましたか」

「お、起きたぞ。ところで……どうして僕は双葉と額をくっつけているのか理由を訊いても?」

「ただの検温です。体温上がっていませんか?」

「検温ぐらいなら一人で出来る」

「今まで寝ていたではありませんか」


 お小言をもらいながら翔は熱が下がったことを伝えた。

 繋がった手にどちらも触れることはなく、翔が「トイレ」と用を足しにベッドを出るまでずっと繋がっていた。

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