第21話「繋がる携帯電話」



「着いたぞ?大丈夫か?」

「えぇ、だいぶ治まりました。ありがとうございます」


 駐車場から建物に入る道すがら、翔は桜花に車酔いの度合いを訊ねた。


 返事はいい方の返事だったため、翔は安堵する。もしまだ治り切っていなかったら車の鍵を何としてでも預かって、落ち着くまで翔も車の中で過ごす気でいた。


「始めに子供達の用を済ませてしまいましょうか」

「そうしようか。私はその間、翔と買い物でもしていようかな」

「修斗さんのセンスに任せるから翔の服を買ってきて。その後合流ね」


 男女で別れて行動するようだ。しかし、この手際の良さは合流したあとの時間を多く残したいからだということは翔もそれに桜花も流石に分かったので、顔を見合わせてお互いが苦笑した。


「交換、約束ですよ」

「そんなに念を押されなくても分かってるよ」

「ならいいのですが」


 それだけ言葉を交わし、桜花は梓に、翔は修斗について行く。


 翔はどうしてか後ろ髪を引かれ、桜花達の後ろ姿を目で追ってしまう。自分でも理由が分からなくて、戸惑ったが、修斗に目を戻した時に「さぁ、行こうか」と呼ばれたので、先程より少しだけ距離を詰めた。


「欲しい服はあるか?」

「ファッションに興味ないからなぁ……」

「隣に可愛い子がいるのに?」

「別に何もないし」


 修斗のからかいに翔は表情を動かすことなく返す。修斗は相変わらずの素っ気なさに軽く笑う。


 翔は両親揃っての買い物について行くのは苦手だが、片方だけなら平気だ。

 人目も憚らず、身内がイチャつくのを見るのが嫌なだけで親が嫌いな訳では無い。


 修斗は同じ男性として翔の考えに理解を示してくれていてあれこれと教えてくれる。梓とはまた違った視点からの考えに翔はどちらかと言うと修斗の考えの方に共感している。


「翔が興味を持つまでは適当に買うかな」

「それでも僕が選ばないといけないんだろ?」

「私が決めるよりいいだろう?それとも桜花に……」

「自分で決めるからいい」


 翔は「桜花に決めてもらおうか?」と修斗が続ける前に言葉を遮り、店内を物色し始めた。


 修斗は梓に服選び任されたが実際に選ぶようなことはせず翔に任せていた。

 そんな修斗がすることは、


「これはどう?」

「もう少し明るくてもいいんじゃないか?高校生だろう?」


 と、翔が訊ねて来た時に少し助言を入れるぐらいだった。


 本人に興味が無いのならどれだけ熱弁したところで効果は薄い、と言う考えを持つ修斗は興味を持つまではこれぐらいのポジションについていようと思っていた。


 桜花が来て、異性の目が家までも光るようになったことで少し身なりに気を遣うようになったのかと少し期待したがまだだったようだ。


「あ、父さん」

「うん?」

「一つだけ選んで欲しいんだけど」


 そう言って翔は修斗に相談を持ちかけた。

 翔はファッションに興味を持っていない。


 しかし、身なりを整えるべきだとはわかっていた。が、そんな翔にファッションは容赦なく襲いかかり、流行を押さえるとか、季節もののコーデ、など言われても乗り遅れてしまってさっぱりだった。


 それでも、翔は一着だけオシャレな服が欲しいと思った。


「選ぶのは構わないが理由を訊いてもいいかい?」

「旅行中に僕達も少し遠出して遊びに行こうと思って」

「デートか」

「違う、息抜きだ」

「それをデートというんだよ」

「違うから」


 桜花と出かける時の服装の事だった。

 断じてデートなどではないが、隣で歩くのは何もしなくても周りの注目の的となってしまう桜花なので、あまり不釣り合いになってしまっては桜花が可哀想だと思ったからだ。


 他に他意はなかった。


 その後も数度、修斗と「デート」「デートじゃない」論争は続いたのだが、やがて飽きたのか、修斗がやる気を出した。


「そこで何かする気なんだろう?だから勝負服が欲しい」

「……そういうことでいい」


 気に食わなかったので意地悪く、認めるか認めないかの微妙なラインで誤魔化した。


 他意しかなかった。


 修斗は「ふぅむ」と店内を徘徊して回る。一応、翔もついて行くが恐らく最後には試着室へと放り込まれるのでその辺の近くでウロウロすることにした。


「当日は髪もそれなりにしないとダメだぞ」

「する気だけど……なに、そこまでしないと似合わない服選ぶの?」

「まぁ、任せなさい」


 修斗は一目で気に入ったものを右腕にかけて、迷いながらも手に取ったものは左腕にかけていく。


 修斗のセンスは良いらしく、店員に尋ねた時の会話を聞き耳立てると店員の方が「へぇ〜」と感慨深そうに頷いていた。


 教えて貰ってどうするんだ。


 センスもそうだが見てくれもきちんと整えていて、清潔感があり、店員の目がハート型に変わりかけているのが気になるところだった。


 手の光るものを見つけた時に儚く消えていくだろうが、人の常識として、子供がいる時に察していただきたい。


「翔、組み合わせて着て見せてくれ」

「はいはい」


 修斗から受けとって試着室へと入る。

 そして受け取った服を見て、確実に白タキシードはないな、と切り捨てた。


 遊びに行く、ということを聞いていなかったのだろうかと疑ったが、おかしかったのはそれだけで他は要望に合わせた服しか無かった。


 試着してみると案外自分でも似合っているように思えるから不思議なもので、感性は修斗の方を遺伝したと言いきられてもすんなり信じてしまえそうだった。


 そこからは着せ替え人形のように着てはカーテンを開け、修斗に見てもらうという行為を何回か繰り返した。


「あれとこれとそれ」

「お買い上げありがとうございます」


 翔が流石に疲れ、腰を下ろしていると修斗が店員に試着した何枚かを購入する有無を伝えていた。


「これでデート日はバッチリだ」

「だからデートじゃないって言ってるだろ。ただの息抜きだって」

「息抜きに普段拘らない服に拘る人は初めてだな」

「気分だよ、気分」


 服の入った袋を受け取る。


「ありがとう」

「頑張れよ」


 最後まで誤解は解けなかったが、服を選んでもらえたのでよし、とすることにしようと納得した。

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