第十三章『為すべきことは』4
「特高だって応援を呼ぶのが先じゃないのかよ」
「その前にできる限りの現場の確認はしておくものだ。そもそもこれは特高が当たりをつけていたヤマ。探偵の、それも助手の言い分を聞く道理などこちらにはない」
「あんだって! とっ捕まっておいて口にできる言葉かよ!」
「しかしそのお陰で潜入でき、奴らの尻尾どころか足まで掴めた。なんならお前たちが探偵様の応援を呼ぶ前に、俺が〈結社〉の陰謀を止めてもいいくらいだ」
「潜入なんて負け惜しみだろ、気絶した人間がよぉ! それに特高が一人で事件を解決できた試しがあるのかよ」
「探偵助手ってのは飼い主に似るんだな。坂下って奴もなんにでも首を突っ込んで――」
「んだとぉ! もっぺん兄貴のこと悪く言ってみろ!」
日進が忌々しげに坂下について言及した途端、市谷が飛びかかった。
さきほど巫女と探偵の相性は悪いと断じた楓だったが、それはあくまで性質上のもので、互いに折り合える余地はあった。ところが探偵嫌いの日進と、何か吹っかけられたら黙ってはいられない探偵助手の市谷では、正面からぶつかりあうほどに取り合わせが悪い。
――なんでよりによってこのお二人が、というべきなのでしょうか
どちらとも今日が初対面の楓にすらそう思わせるほど、
「市谷さん、いまは揉めていてはいけませんよ。こんなところで喧嘩の売った買ったをしている場合ではないです」
そう割って入る楓を、日進はぎろりとにらみつけ、
「横入りするなと言いたいところだが――」
と市谷などお構いなしといったふうに立ち上がって、彼を強引にひっつかんで手を放した。楓とさして変わらぬ五尺ちょっとの背丈を持つ少年が、男との身長差およそ一尺分を落ちて尻もちをつく。
「――被疑者のほうが状況がわかってるだけ利口だな。言い争いをしたいわけじゃない」
「言い争いをけしかけてるのはどっちだよ」
ふてくされる市谷だったが、日進はもはや取り合わない。
「ヒギシャ?」
聞き慣れぬ言葉であったが、相手の口調から楓は自分がまだ疑われているのがわかった。しかし彼女はいまをもってなお自分に疑いがかかる事態など身に覚えがないし、これから先もないと思っている。そもそも射扇と日進が行った聴取の結果、事態とは無関係だと示されたので疑いも晴れている。
――や、途中で退出したきりだから、取り調べの結果を知らないのだ
楓が無関係だと示したのは彼と入れ替わりでやってきた坂下探偵だ。
「お前が〈結社〉の一員だという嫌疑、まだ晴れたわけではないぞ」
「バカなこと言ってんじゃねえぞバカ!」
真っ先に異議を唱える市谷に日進は目もくれない。
「そこまで口汚く罵らなくても、落ち着いてください市谷さん」
と楓は自分をかばってくれている市谷をあべこべに制して、
「結社との疑いで私を特高に連行したというのですか」
「他にどんな疑いがあって連れて行くというのだ。帝都に来たその日のうちに〈結社〉の人形に出くわすなど普通にあることではない。射扇さんも最初は半信半疑だったが最終的には俺の意見を容れてくれた」
「ということは主にあなたが私を疑っていたのですね」
「過去形ではない、いまもだ。結局こうして〈結社〉とつるんでいるのだからな」
「私は違います」
短く、きっぱりとそれだけを口にする。疑いがない点を子細に挙げたところで、真に受けて聞く相手だとはもうさすがの楓も思っていない。
「そうだそうだ、楓姉ちゃんは違ぇよ」
「女は人を騙すのがうまいからな。敵を欺くにはまず味方からという言葉もある。違うかどうか、それはこの牢を出た時にわかるだろう。お前が〈結社〉の一員なら、俺が奴らの計画とやらを潰すのを黙って見過ごすはずがない」
「私が無関係だというのはすでに射扇さんにも確認いただいている事実です。が、どうしても信じていただけないのならば、信じていただけるように尽くす限りですし、なによりもそのためには、まずここを出るのが先ではないでしょうか」
楓にしては珍しく、むっとした態度を隠さないで言う。
「こんな檻の中で言い争っていたずらに時間を浪費しては、それこそ〈黄金の幻影の結社〉にとって好都合な展開ではありませんか?」
――心細い窮地で行き会った奇縁なのに、私までもが和を乱してなんになるのか
さりとて疑いをすっきり晴らせるようなものを楓は持っていない。
また
――だけどここを出れば、いくらでも疑いを晴らす機会がある
「仮に私が〈黄金の幻影の結社〉の手の者だとするのならば、あなたのようにここで口論を仕掛けて時間を稼ごうとします。先ほども申し上げましたように、その方が時間を浪費させられて好都合ですから。ですが私はそんなことを望んでいません」
「俺が時間稼ぎ? ……き、きき、貴様ぁっ! 言うに事欠いて特高の俺を〈結社〉の手の者だと疑うのか! 誰に向かって――」
日進は怒りのあまりさらに大声を張り上げたが、
「ここを出た時にわかると、そう
楓の澄んだ
「――なるほど、まずはここを出てから判断していただく他はないでしょう」
外へ出る。
ただその一点に向かって動けるよう水を向ける。
出ると決めた以上は出る、何があろうと。
固めた決意の元、楓には
「……黙れ! そんなわかりきったこと、貴様に言われなくとも!」
さっきは
いつの間にか手の内に黒光りする無骨な拳銃が握られている。
「何をする気ですか」
まさか血迷ったわけではあるまい。
そう思いながらも楓はすでに身構えている。
もちろん彼女は拳銃に太刀打ちできるような技術も方法も持っていない。
対する日進は「はは」と口角を釣り上げて、銃口を床に向けて撃鉄を起こす。
「……楓姉ちゃんは下がってて」
そう言う市谷もいつの間にか拳銃を手にしていた。人形に向けて撃っていた小さな拳銃ではなく、日進と同じ無骨な造りのものである。小柄な彼が大きな拳銃を手にすると、その殺傷性がよりむき出しになっているように見える。
二人が手にする得物は憐れな特高隊員の遺体から抜き取られたものだ。ぱっとみて同じ拳銃らしいとはわかるが、むろん楓にはその名も製造元もわからない。
「ちょ、ちょっと市谷さんに、……特高の方! いったいどうなさったんですか」
険悪な空気の中、二人がいまにも撃ち合うのではと楓は身を震わせた。
「その特高は気に食わないけどよ、出るにはこうするのが手っ取り早いのさ」
市谷が
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