第86話:バッド・リユニオン

「少し気分が優れない方もいらっしゃると思いますので、次のフロアに参りましょう」


 案内役の人がそう言われ、全員が警備員に見守られながらエレベーターに乗り込む。

 降りた先に何が待ち受けているのかと構えながらエレベーターから出たのだが、先ほどまでとはうってかわって明るい雰囲気が感じられる。


「それでは皆様、こちらをご覧ください。こちらが先ほどの"皮剥"から採取した皮膚を利用して治療しております少女となります」


 ガラスの向こう側には先ほど上の階で見たのと同じ顔の少女がいた。

 違うところがあるとすれば、こちらの彼女は布地が薄い白のドレスを着ているのだが、肌の所々が変色していた。


「あの少女はモンスターへの抵抗力が弱く、まだ毒性の強い皮膚病に罹ってしまいました。既存の薬でも症状の緩和はできましたが、根治させるには皮膚を移植する必要がありました。しかし必要な皮膚は肉体の五割強であり、家族の皮膚にも拒否反応が出ていたのです」


 そこで一人の男性が挙手をして質問する。


「確かに根治させるには皮膚移植が必要なのかもしれないが、自家培養表皮では駄目だったのか? あれは時間はかかるが、わざわざモンスターを利用する必要性は皆無なはず。実験のために少女を犠牲にしているのではないか?」


 皮膚移植については既存の医療でもやっていることだ。

 それを考えれば、わざわざ新しい医療技術に挑戦する必要はないということだろう。

 だからこそ、その男性は最後に少女を利用したのではないかと詰問したのだ。


 しかし、そういった質問は想定通りといった顔をして案内人が答える。


「もしも自家培養表皮で皮膚移植をする場合、年単位で病院に通うことになるでしょう。そうなれば彼女は色々な人にその皮膚を見られることになります。半袖を切れば腕の変色した箇所が、スカートを履けば脚の変色した箇所が見られてしいます」


 症状が抑えられるといっても色はそのままだ。

 つまり、普通の人とは違う肌を露出すれば好奇の目に晒されることになる。


「もしもその変色した肌を見られた場合、他の人はどう思うでしょうか? 彼女の友人は、いつも通りに接することができるでしょうか? 友人の親御さん、そして無関係な第三者が彼女の肌を見て何を想像するでしょうか?」


 そう言われて挙手した男性が押し黙る。

 肌の色というものは国に関わらず、女性にとっても大きな意味を持つ。


 しかも彼女の場合は一目見て分かるほどの病気による変色だ。

 感染するかもしれないと噂でも広められでもしたらどうなるか……。

 少なくとも、日本人である自分には想像もできないことになるだろう。


「真夏日だろうと長袖を着て顔を隠すような生活を少女に強いることが正しいでしょうか? ガラスの向こう側にいる彼女の顔を見てください。今までずっと皮膚を隠してきた彼女でしたが、皮膚移植も順調に行われ、今ではああやって自分から生地の薄い服を着るほど綺麗になりました」


 いきなり自分の肌の色が変われば子供でも恐ろしいだろう。

 そしてそれを見られるのも生理的に避けようとするだろう。

 しかし、ガラスの向こう側にいる彼女の顔には悲痛さは感じられなかった。


「モンスターを利用した医療技術、確かに衝撃的だったことでしょう。しかし、ああやって一人の少女を救うことが出来たのです。他の国々では不可能だったことが、"蓬莱"が可能としたのです!」


 段々と案内人の声に熱が籠もり始め、演説のようになってきた。

 今の内にあの子を検知アプリで撮影したらどうなるかを確かめようとスマホを向けたら、嬉しそうな顔をしながら走って部屋に入ってきた男性に抱きついた。


 ……いや、あの人見たことあるぞ。

 確かロシアで複数の身分を用意してくれたイーサン達の上司……確かアイザックという名前の人だ。

 あ、目が合った。

 なんかすっげぇ複雑そうな顔をしたのだが、それはこちらも同じである。


 ちょっと気まずいので視線をまた案内人の方へと戻すことにした。


「今はまだ外見の模倣だけしかできません。ですが研究を進めていけばいずれ肉体も、臓器すらも本人と同じ物を用意できるようになります。そうなれば拒否反応に怯える必要も、提供者が現れるまで何年も待つこともなくなるのです!」


 確か日本だと臓器移植を希望している人は一万人を超えているが、実際に受けられる人はわずか何百人だったはずだ。

 臓器移植さえできれば助かった人がいることを考えれば、そう悪くないものなのかもしれない。

 感情で納得できるかどうかは別だが。


「何万……いえ、将来のことを考えれば何億もの人が救われる可能性を秘めた技術なのです。皆様、どうか人類の未来のためにも、どうかご協力ください」 


 演説を終えた案内人が深々と頭を下げる。

 そして拍手が一つ、二つと増えて自分以外の皆が拍手をしていた。


 訂正、无题は途中で飽きたのか漫画を読んでいた。

 しかもあれ日本で買ってた古いやつだ。


「ご清聴ありがとうございました、本日のプログラムは以上となります。皆様お疲れでしょう、この先に休憩所がございますので、そこでごゆっくりお寛ぎください」


 どうやらここで解散らしく、他の人達は続々と休憩所へと向かっていった。


「ふぅ~、ようやっと終わったなぁ。そんじゃあ、ウチらも休憩所に行って一休み―――って、オイオイ! もう帰るんか!?」

「ここで休んでたら余計に疲れるというか大変なことになる!」


 今までの経験からして絶対にろくでもないことになる!

 追いつかれる前に脱出しなければ!!


 あと二十歩……あと十歩……あと少し……ッ!


「キミ、ちょっと待った」


 出口を通ろうとすると、門衛さん達が道を塞いできた。

 俺は聞こえないフリをして横を通り過ぎようとするが、ガッシリと腕を組まれてしまった。


「灰色の腕章であるキミを呼んでいる人がいる、少し待っててくれ」

「すみません、トイレに行きたいので離してもらえないでしょうか」

「トイレなら館内にもあるだろう」

「不特定多数が使ったおトイレなんて嫌ザマス! ホテルに帰らせてくれ!」


 そもそもまだホテルを取ってないのだが、そんなもの些細な問題だ。

 もうここから逃げられるならちょっと漏らしてやろうかとも思えてきた。


「まさかここにキミがいるとはな、ミスター」


 聞き覚えのある声が聞こえたので、ゆっくりと後ろを向く。

 そこには相も変わらず不機嫌そうな顔をしているアメリカの凄い偉い人、アイザックさんがいた。


「一番出会いたくない人物に、一番出会いたくない場所で出会うことになるとはな」

「奇遇ですね、俺も同じ気持ちです。相性抜群ですね!」


 別の意味で抜群というか、致命的というか。

 お互いに磁石のN極なのに引っ付いてしまったくらいに気まずい雰囲気が醸し出されている。


「ここではなんだ、少し奥で話そう」

「奥で漏らせと」

「……用を足したら来てくれ」


 なんとか時間稼ぎに成功してトイレまで駆け込む。

 あとはアイザックさんがどこかに行った隙に逃げれば俺の勝ちだ!


「お、もう終わったんか? あっちで待っとるらしいで、はよ行こうか」


 トイレの入口から顔を覗かせると待ち伏せしていたかのような无题と目が合った。

 結局、そのまま捕まってずるずると引っ張っていかれ、この海底都市というロマンチックな場所での初デートはオッサンと胡散臭い男に挟まれて体験することになった。

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