第85話:医学という名の業

 无题が手招きするので横に並び歩く。


 こいつを倒すかどうかはさておき……というかここで暴れたら大変なことになるので後にしよう。

 下手すると囲まれて捕まって薄い紙になってしまう。

 解剖記録とかそんな感じのやつ。


「そういえばここ、車走ってんだね」


 二人か一人しか乗れないものばかりだが、この海底都市でも普通に車が走っている。

 中国といえば自転車というイメージが強かったが、セレブの人達がおしゃれな服装で自転車こいでる姿は流石にシュールすぎるか。


「ちなみに環境に優しい電気自動車や。まぁ動作が安定せんときのためにガソリンでも走れるようなっとるけど、電気やと動作が安定せぇへんからガソリンで走るのばっかやな」

「電気自動車の意味がない! というか排ガスはどうしてんの!?」

「"蓬莱"には環境保全機能が働いとる、汚い空気は捨てて足りない空気はずっと作っとるから大丈夫や」


 それは素直に凄いが、逆に言えばそれに不具合が起きたら窒息するということか。

 めっちゃ怖いんだけど、他の人は平気なんだろうか。


「ハッハッ! その顔、怖がりさんやんか。もしも不具合起こしたら上の人間の首が全員野ざらしやけん、予備も含めてちゃんと安全が保証されとる。そもそも、核戦争が起きてもここで暮らせるようにするのが当初のコンセプトやからな」


 核兵器持ってる国が核戦争に備えるのは理屈に適っているのだが、なんかやることが決まってるからここを作ったかのように思えるのは自分だけだろうか。

 いやまぁ実際にやったら国際社会からフルボッコというか国家存亡の危機に陥るからやらないだろうけど。


 そんなことを話しながら中央の摩天楼の隣にある大きな建物に入る。

 摩天楼も高いが、ここもそれに次ぐほどの高さである。


「"蓬莱"に来たなら先ずはここに来ぉへんとな。まぁここで何が出来るか言うたら見学ツアーみたいなもんでな、今日は最先端医療について教えてくれるんや」

「へぇ~……って、それ見せてもいいもんなの?」


 普通そういうのって秘匿するもんだと思うのだけど。


「もちろん見せてもいいもんだけやで。ただ、ここで凄いもん見せたらスポンサー様のご機嫌も上がって金払いもよぉなるからな。あんさんも、ここで見たもんを外で宣伝してええで」


 あぁ、研究とかそういうのって金かかるもんね。

 一種のパフォーマンス会場みたいなものか。


「それに、あの女の子はここで治療するんやろ? なら、ここがどんなとこかちゃあんと見た方が安心できるやろ」


 説明されても理解できるかどうかは分からないが、少なくとも自分の目でここがどういったところかを見られるのはありがたい。


 まぁ人間解体ショーとかそういうのは最初から見せないだろうけど。


 そんなこんなで、受付で軽く十枚くらいの誓約書チェックとサインを終わらせてツアーの開始を待つ。

 翻訳アプリはカメラで写せば文字の翻訳をやってくれるのだが、ずっと片手が塞がるので无题が手伝ってくれた。

 問題は无题が説明した内容に嘘があって、どこかに"サインしたら検体になる"とか書いてあったらアウトということだ。

 そのときは无题を生贄に捧げよう、そうしよう。


「それではこれより"蓬莱"の真の姿を皆様に御見せいたします」


 十人くらいが集まったところで受付が終わり、遂にツアーが開始された。

 集まった人はなんかお金持ちっぽい人達ばっかりで、研究所にいたマッドっぽい人は一人もいない。

 専門家向けではない、本当にただのパフォーマンスのようなものなのだろう。


 案内役の人が歩きながら色々な説明を行う。

 どのような設備があるか、今までどんな患者を担当してきて治療したのか、これからどんな病気を治療していくのか。

 歩いてるこちらが退屈しないように、そして"蓬莱"を賛美するように話し続ける。


 一緒に歩いている人はそれを流すように聞き、ガラス越しに見える患者とその治療を行っている医師を見ている。


 極小のカメラ付きの義眼をつけて視力検査をしている男性、両足に逆関節の機械義足をつけて走る子供、両腕を動かさずに背中取り付けてある義手を器用に扱う老人。

 そこには自分と同じ肌の色の人だけではなく、白人や黒人もその中にいた。


「さて、ここまでは他国でも研究されている医療分野です。しかし、ここから先は我が"蓬莱"でのみ行われている、まさに独占技術となります!」


 随分と大仰に言うものだと思いながらもガイドさんの後についていき、大きなエレベーターで高階層へと向かった。


 エレベーターから出た先には厳重な大型隔壁があった。

 隔壁の側には盾を持った重装の警備員が何人も待機しており、自分達よりもこの先にいる何かに対するためのようだった。


 警備員が隔壁のロックを解除して開けると、長い通路が見える。

 そのまま気にすることなく案内役さんが進むので、自分達もそれについていく。


 そして何の飾り気も無い廊下をしばらく歩くとガラス張りの壁が見えてきたので中を覗いてみるも、すりガラスのせいで何も見えなかった。


「はい、それでは皆さんこちらにご注目ください」


 そしてガラスの曇りが晴れた瞬間、何人かが小さな悲鳴をあげた。

 それもそのはずだ、拘束台に寝かされた少女が背中の皮膚をロボットアームで剥ぎ取られ、暴れているのだから。


 答えを求めるように、俺の後ろを歩いていた无题を見るも、笑顔を崩さないままこちらを見ているだけであった。


「き、キミ! これはどういうことだ!? 違法行為だぞ!!」


 同行していた一人のオジサンが案内役の人に詰め寄る。

 声が震えており、必死に自分を奮い立たせているのが分かった。

 俺はああいうの慣れてるけど、目の前で少女の皮膚が剥がされてるシーンをリアルで見たらそうなるよね、ホラーだもん。


「ご安心ください、皆様。あれはモンスターでございます」


 は?


「反対側のガラスをご覧ください。擬態する前のモンスターを見ることができますよ」


 そう言われて全員がそちら側に注視する。

 そこにはホルマリン漬けにされた人型の何かがずらりと並んでいた。

 一番右側は人間そのものだが、左にいくにつれて徐々に人とはかけ離れた姿になっている。


 身体つきは人のようなものだがその顔には人らしいパーツが存在していない。

 顔の中心には牙の生え揃った円形の口があり、口の中から数本の触手のようなものが伸びている。

 手には獲物の皮膚を剥ぎ取るような爪………俺はこいつをよく知っている。


「こちらは日本で捕獲されたモンスター、"皮剥"と言います。このモンスターはなんと脳を吸い、剥ぎ取った皮膚を貼り付けることで人間に擬態する恐ろしいモンスターなのです!」


 ああ、よく知っている。

 なにせ日本で一番こいつを殺してきたからだ。


「確かに恐ろしいモンスターです。ですが、優秀な我が国の科学者達はこうも考えました。"これを使えば、人間を複製できるのではないか"と!」


 思ったのか。

 そして実行したのか。


「しかしわざわざ脳を吸わせるわけにはいきません。そこで科学者達は血液や髄液、様々なものを投与したあとに対象の皮膚の一部を張ることで、この"皮剥"を患者本人にできるようにしたのです!」


 スマホの検知アプリを起動して、ホルマリン漬けになっている"皮剥"にカメラを向ける。


『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ』

『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知―――』

『外来異種 乙種 皮剥―――』


 まるで足元の地面がなくなったかのような錯覚を覚えながら皮膚を剥ぎ取られている少女にもカメラを向ける。


『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ』


 本物だ。

 ここにある全てがパフォーマンス用のニセモノではなく、本物の"皮剥"だ。


「ちょう、あんさん顔色悪いで。大丈夫か?」


 いきなり肩に手を置かれたので咄嗟に飛びのきながら无题と案内人にカメラを向ける。


『外来異種 ヲ 画面 ニ 収メテ クダサイ』


 こちらも本物だった。

 本物の人間が、やっていることだった。


「なんや、おもろいもん持ってるなぁ。そう、それが言ってる通りやで。こんなことする外来異種が、どこにおんねんって話や」


 无题は表情を崩さずに、笑いながらそう言ってのけた。

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