第83話:秘密兵器投入

 あれから三日後、俺はひたすら今まで積みに積んでいた映画やドラマ、漫画などをひたすら消化していた。

 なにせやれることがほとんどないのだ。


 先ず旅行は不可能、旅客名簿で身バレする。

 同じような理由で会員証や本名明記が必要な施設もアウト。


 映画館は当日チケットなら大丈夫だろうが、いい席は事前に取られているので見る気がおきない。

 ゲームセンター……対戦ゲーが魔境と化していたので怖くて逃げた。


 そして辿り着いた結論が、昼はノートPCで映画を見ながら別作品をダウンロード、夜はその作品を見るというものだ。

 自分でやっておいてなんだが、自堕落の極みである。

 ちなみに最終回が放送されなかったアニメの完全版についてはまだ見てない。

 なんだろう……あんなに楽しみにしてたのに、いざ手元に届くと別に今見なくてもいいかなってなるあれだ。


 そしてそんな生活をあと数日過ごせば、それに慣れて大概のことはどうでもよくなる。

 正確に言えば何も感じなくなる、麻酔のように。


 今こうして生きていられるのに悩んでどうなる。

 解決できるかどうかも分からないことに首を突っ込む理由もない。


 そもそも俺は医者じゃないし、何も出来ないのが当たり前だ。

 むしろ何とかできると思いあがってた自分がおかしい。

 外来異種の駆除業者に出来ることは、外来異種を駆除することだけだ。


 そもそも、放っておいたところで助かる人は勝手に助かるし、助からない人はどうしようもないもんだ。

 だからこうやって世間様が俺への興味をなくすまでだらだら時間を潰すのが、一番効率的な過ごし方というものだろう。


 俺がいなくなったところで、世界は回り続けるのだ。


 さーて、ちょっと映画見るの疲れたし他の作品をダウンロードしてる間にスマホゲーの周回でもするか!

 そう思ってスマホをタップしようと瞬間に着信画面が表示され、指を止めることができずについ通話ボタンを押してしまった。


「あ……も、もしもし?」


 相手が誰かも確認していなかったので、恐る恐る向こうの出方を確認する。


『大変な時期にお電話して申し訳ありません、九条です。少しばかりお時間をいただいてもよろしいでしょうか?』

「ほぁっ!?」


 あまりにも予想外の相手だったことで思わず背筋が伸びた。

 雅典女学園の小火から始まり、夏休みに外来異種の駆除に同行、そして富山生物災害でも面識があるお嬢様のお嬢様である。


 あまりにも久しぶりな連絡だったせいで、不意をつかれた形になってしまった。


「お、お……お久しぶりでございます! この犬めに何か御用でしょうか!?」


 取り敢えず初手は思いっきりへりくだることにする。

 なにせ夏休みに日給八千円で契約書を送ったら桁を一つ増やしてくるお家柄である。

 雅典女学園においても社会的地位が上位に入るお嬢様だ、逆らったら死ぬ。


『え、えっと……ワンちゃんについてはよく分かりませんが、未来さんについてお聞きしたいことがありまして』

「ワン?」


 おっと、思わず犬語で返事してしまった。

 というかタイムリーな話題だったせいでまだちょっと動揺してるからかもしれない。


『実は以前に未来さんからノートをお借りしたのですが、最近は学園にも来られず、御自宅もお留守だったようで、困っているのです。荒野さんなら、何かお知りではないかと思い、お電話させていただきました』

「あー、未来ちゃんなら――――」


 いや待った、中国の"蓬莱"に行ったって言っていいのか?

 言わなきゃ殺すと圧を掛けられたら素直にゲロるが、そうじゃないなら勝手に個人情報を漏らすわけにもいかないだろう。


「その~……ちょっと体調が悪いみたいなんだけど、詳しいことは俺も分からないですねぇ~」

『そうでしたか、言えないことなのですね。お見舞いに行ければと思いましたが、それも難しいようですね』


 うっ……最初にどもったせいで何か知ってるということがバレたが、追求はしないでくれるようだ。


「と、ところでどうして俺に連絡を?」


 未来ちゃんとそれなりに連絡していたとはいえ、そんな親しいと思われるほど頻繁に話したり会ったりはしてないと思うのだが。


『未来さんのノートの後ろの方に日記の覚え書きのようなものがありました。断片的な出来事ばかり書いてありまして―――』


 日記?

 もしかして予知夢の内容を忘れないように、ノートに見た内容を書いてたのかな。


『一番新しい箇所に"荒野さん"と"蓬莱"という単語がありましたので、きっと最後にお会いしたのだと思いまして』


 その瞬間、首筋にゾワリと何かが這い寄る感覚があった。

 今まで何度も味わってきた腐れ縁の悪寒だ。


 中国の海底都市"蓬莱"は最新技術の粋が集められており、最先端の医療を受けられるとも言われている。

 だからこそ、既存の治療法ではどうにもならない病気に罹った人を、一部の裕福な人を受け入れているのだ。

 だからこそセキュリティは万全であるはずなのだが……自分の名前とその"蓬莱"という単語が出てきたということで、ここに何かがあるのかもしれない。


 問題は"どちら"ということだ。


 "来たら危険"なのか、それとも"来ないと危険"なのか。

 "行くべき"か"行かざるべき"か、それが問題なのだ。


 未来ちゃんがいたらどっちの意味なのか聞いてそれでおしまいだ。

 だが、肝心の本人はすでに昨日か今日の飛行機で"蓬莱"のある中国へと向かっていることだろう。


 つまり、たったこれだけの情報で俺がこの二択を選択しなければならないのだ。

 これが模試であれば鉛筆を転がすつもりだが、今更神様に頼ったところで助けてもらえるとは思えない。

 せめて、もう少し何か判断の決め手になる何かがあれば……。


『―――ということですので、荒野さんの方からノートをお渡ししていただきたいのですが、頼んでもよろしいでしょうか?』

「あっ、はい。それくらいなら別に」


 いやいや、はいじゃないが。

 いかん、考えることが多すぎてつい無意識に安請負してしまったが、そもそも俺は"蓬莱"に行く身分を持ってない。

 だからノートを返せるわけが―――本当にそうか?


 俺は急いで鞄の中を引っ掻き回してアメリカの偉い人からもらった封筒を取り出し、封筒に入っていたパスポートや身分証明書を一つ一つ確認する。


 ……うん、行けるわ。

 俺でも一流だって分かるところに勤めてる身分証が出てきたもん。

 しかも十万ドルまで使えるカードもセットで。


「ははは……」

『あの、どうされました?』


 行けってことか、行けってことだよな?

 じゃあ行ってやるよ!

 どうなっても知らねぇからな!!


「いや、大丈夫。ノートは近衛さんに渡しておいてください、あとで受け取りますんで」


 そう言って九条さんからの電話を切る。

 さぁ、これからやることが山積みである。


 中国の"蓬莱"に行く方法を調べて、航空券を買って、荷物も用意して、あと連絡……。

 別にいいかな、久我さんなんか火消しで忙しそうだし、別に仕事とは関係ないし。

 というか代理でノート返しに行きますとか言ったら後にしろって言われるだろうし、未来ちゃんが心配だから後を追いますって言ったら警察に追われることになる。

 世知辛い世の中だ。


 取り敢えず仕事で行ったのはノーカンとして、海外旅行は初めてだ。

 何をどうすればいいのかさっぱり分からない。

 ということで、片っ端から人に聞くことにした。


 先ずはブンさんに聞いてみたのだが、日本から出たことがないのだとか。

 しかも今忙しいから後にしてくれと言われた。

 よし、お土産のグレードはワンランクダウンさせよう。


 そして次は誰にしようかと思っていたら、ノートと一緒に心底あきれ果てたような溜息を研究所まで届けに来てくれた近衛さんに相談したら全部やってくれた。

 あとオマケで忠告というか警告とかも含めて。


「あそこで問題を起こしたら本気でマズイので絶対に何もしないでください」

「呼吸も?」

「呼吸もです」


 どうやら"蓬莱"は生きては入れない場所らしい。

 帰るときに生きてればいいか。


「武器になりそうなものを持ち込むのも禁止です。具体的には荒野さんが使う仕事道具は全て駄目だと思ってください」

「スコップも!?」

「そもそも普通の人はスコップを持ち歩きません」


 それはつまり、外来異種駆除業者は普通の人じゃないってこと!?

 そうだね……その通りです、はい。


「荷物もできるだけ最低限のものだけにしてください。着替えなどはあちらで買って、使い終わったら捨てるように」

「え~、それ勿体無いと思うんですけど」

「身の回りの持ち物から身元を特定される恐れがあります」


 えっ、なにそれこわっ……。

 そこまで気をつけないといけないの……?


「せっかくカードがあるのですから、使い切るつもりでいてください」


 なんかここまでくると本当に経歴を抹消したスパイみたいだ。


「話は聞かせてもらいました! 荒野さん、"蓬莱"に行くみたいじゃないですか羨ましい!」


 そして御手洗さん筆頭のマッドな研究者達に見つかった。


「よし、それじゃあ出発しますか! 近衛さん、ありがとうございました! それじゃあ!」

「予約で取れた飛行機は二日後です。それに、海底都市である"蓬莱"に入れる日程は決まってますので、今行ってもあちらで足止めされますよ」


 俺は今ここで息の根を止められるかもしれないです。

 だって皆の目が血走ってるもん。

 ……いや、あれは徹夜で実験してたせいか。


「安心してください、荒野さん。向こうで何かあっても大丈夫な秘密兵器を開発してみます!」

「いえ、結構です。お気遣いなく。わりと本気でマジで頼みます。何かあったらあっちで外来異種を捕まえて振り回しますんで」


 それを聞き、御手洗さんが"その手があったか!"みたいな顔をした。

 駄目だ、徹夜明けのテンションのせいで話が通じてない。

 しかも興奮してるから無理やり止めるのも怖い。


 そして二日後、研究所を出る直前に完成したようで、大きなカプセルのストラップがついた杖を手渡された。


「多分、世界初の秘密兵器なので使うときは覚悟してくださいね」

「いや、元々使う予定はないんですけど、これってどういうものなんですか?」

「………まぁ、使えば分かります。ただ覚悟だけはしておいてください」

「あんたら俺に何を使わせようとしてんの!?」


 不安になったのでちょっと色々と調べてみる。

 杖の持ち手に穴が一つ、先端に穴が二つあるけど隠し刃とかはついてない。

 もしかして銃なのかと思ったが、引き金もないし銃弾を入れるような箇所もない。


 折り畳み機能がついているものの、これで外来異種に挑むくらいならまだ包丁の方がマシではなかろうか。


 詳しい使用方法を聞こうとしたのだが研究員さんはもう活動限界時間が来たようで、壁にもたれかかるように眠ってしまった。


 他の誰かに聞こうかとも思ったが、飛行機の時間が迫っていた。

 まぁ二度も覚悟を念押しされるような道具を頼る場面になったら素直に逃げればいいか。

 そもそも新世代でも抗体世代でもない俺が戦うこと自体が間違いなのだ。


 それではいざ行かん!

 かつて仙人が住まい不死の薬があるとされていた"蓬莱"の名を冠した海底都市へ。

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