第82話:新世代病

 鳴神くんの幸せな家庭訪問から逃げた後、簡単な謝罪メールだけは送っておいた。

 いやね、自分今お尋ね者みたいな状況だから天月さんの親御さんに名前バレして面倒事が起きたら困るし。

 まぁ真っ先に面倒事を起こして鳴神くんになすりつけた自分が何を言ってるんだという気持ちもあるけど、それはそれということで。


 さて、問題は今日の宿泊先なのだが、ネカフェだと会員カードでバレル可能性がある。

 他の場所も受付の時点でアウトだしなぁ……やはりダンボールか?


 そんなことを考えていたら御手洗さんからのメッセージ来ていた。

 内容は―――。


『更衣室にあるキミの荷物から異臭が出てるから何とかして欲しい』


 ……そういえばケースの中に新種の外来異種を入れっぱなしだった。

 しかも奥多摩生物災害のあとは色々と忙しかったせいでジュラルミンケースもそのままにしてたなぁ。

 

 取り敢えず『絶対に開けないでください』と返信し、研究所に戻ることにした。

 放置して誰かが開けたらそこからモンスターパニックが起きて映画一本分の大騒動が約束されてるからね、仕方ないね。


 そしてなんとか終電前に上野にある研究所に戻ることができた。

 取り敢えず更衣室に行くと確かに水が腐ったかのような臭いが漂ってきており、複数の研究員さんが遠巻きに見ていた。


「あの、あの中に何が入ってるんです?」

「奥多摩湖で捕まえた新種の外来異種です。プリピャチにもいましたね」


 それを聞き、全員の眼の色が変わった。

 まるで新しいオモチャを与えられた子供のようだった。


 先ずはジュラルミンケースを持ち上げて軽く振ってみる。

 水が入っているようなチャプチャプ音が聞こえ―――何かが内側で暴れだした。


「すごい! まだ生きてるぞ!」

「C棟の実験室開けろ! 急げ!」


 なにこの人ら怖いんだけど。


「こいつ水に擬態しているデカいピラニアなんで下手に開けたら顔面丸ごと食われますよ!?」


 そこでようやく研究員の人達の動きがピタリと止まった。

 よかった、流石に危険だと分かってくれたようだ。


「ロボットアームで作業するE棟に変更だ! あそこなら密閉されてるから逃げられん!!」

「水に擬態ってことは……複数の溶液での反応も見るぞ! 備品室からあるだけ持って行け!」


 あんたらもうちょっと普通の反応してくれ。


 その後、E棟と呼ばれる場所に向かい、ジュラルミンケースを置いたらすぐに退散した。

 俺ごとE棟に封印されたらどうしようかと思ったが、流石に拉致監禁はマズイと思っていたのか、普通に部屋から出ることができた。


 そんなこんなで仮眠室に向かい、ベッドの中に潜り込む。

 いつもなら他にも何人かいるはずなのだが、今は誰もおらず、静寂だけが……部屋の外の騒がしさを除けば静かだった。


 そして翌日、寝てる隙にこっそり人体実験されることもなく、爽やかな目覚めを迎えた。

 備え付けのシャワー室で軽く身だしなみを整えてから休憩所に向かうと、作り置きされていた食事が置いてあった。


 ここって調理器具はないけど代用できそうなものがあるから、素材さえあれば料理もできるんだよな。

 でも実験で使ったっぽいガラス瓶でお茶を出されても、その、なんだ……困る。


 恐らく夜食の余りであろうサンドイッチを軽くつまみながらスマホを取り出すも、ここは意図的にコロニー化している箇所なので電波が来ていなかった。

 しょうがなく新聞を見てみると、俺に関する記事は少しばかり減っているような気がした。


 代わりに中国に対してベタ褒めしている記事が多くあった。


『最新の技術が結集させて完成した海底都市"蓬莱"を見よ、中国の技術力は世界一だ』

『その技術力の高さは"コード・イエローラビット"団体が証明したではないか』

『中国の会社を積極的にこちらに招き、日本の代わりに仕事をしてもらった方がいい』


 中国ってあれだろ、ガラスの橋を作ったところだろ?

 あれ何年かして割れたらしいからぶっちゃけすっげー怖いんだけど。


 ……逆に言えば、出来てスグの今だけが安全ということか!?

 なんかロシアンルーレットしてる気分になれそう。


 そのまま慣れない新聞を流し読みしていると、誰かが入ってきた。

 ようやく気が済むまで実験できたのだろうかと思いきや、そこには検査着に着替えた未来ちゃんがいた。


「あっ、荒野さん! お久しぶりです!」

「へぁッ!? どうして未来ちゃんがここに!?」


 もしや、遂にマッドが極まって新生代の人体実験をやらかそうとしてるのか!?


「ほら、前に急な眠気だったり起きれなくなったことで相談したらここを紹介してくれたじゃないですか」


 あー……そういえば、新橋で不破さんと飲みに行ってたときにそんなことをしたような気がする。

 普通の病院じゃ原因が分からないから、新世代とか抗体世代について詳しいここなら何か分かるかもって感じで。


「それで、解剖されたの?」

「えっ!? いえ、毎日色々な人と話したり、予知夢について詳しく記録をとったりしたくらいですよ」


 なるほど……現役の女学生を捕まえてここでいかがわしいバイトをさせているわけか。

 これは久我さんに言って研究所ごと綺麗さっぱり消毒してもらわないと。


「未来さんごめんなさい、お待たせしました! 本日も診断、よろしくお願いしますね」

「いえ、いつもお仕事ご苦労様です。今日もよろしくお願いします」


 スマホを起動させたところで女性の研究員さんが入ってきて、未来ちゃんが行儀よくお辞儀をする。

 取り敢えず今は経過観察ということにしておこう。


「それじゃあ荒野さん、またあとで!」


 元気よくそう言って、未来ちゃんは何処かに行ってしまった。

 それと入れ替わるように複数人の研究員さん達が部屋になだれ込んできた。


 その顔には疲労の色が見えるが、どこか充実しているようにも見える。


「お疲れ様です。楽しかったですか?」

「いやいや、まだまだこれからだよ。死なないように丁寧に調べないといけないからね」


 そう言いながら笑みを浮かべている。

 これは楽に死ねそうもない。


「んん~ッ、疲れたぁ! そういえば今日も未来さんの診断だっけ。レポートまとめないとなぁ」


 そして御手洗さんが最後に部屋に入ってきた。

 仕事の意欲も高くて素晴らしい研究者気質だ、ちょっとマッドの気質も入ってるけど。


「御手洗さん、未来ちゃんの身体よくない感じですか?」


 自分がここを紹介してから何日も経過している。

 だというのに治療とかではなくまだ診断しているということは、やはり原因が分からない感じだろうか。


「んん? 良いか悪いかで言えば凄いよ。というかヤバイ」

「ヤバイんですか!? ガンよりも手遅れなな感じなんですか!?」

「あぁ、違う違う。そういうのじゃないですよ」


 命の危機とは別の意味でヤバイということか。

 ……どういうヤバさか想像できない。


「普通検査っていったら血液やらスキャンとかが当たり前だけど、そういうのってもう大きな病院でやってるでしょ? だからウチはもっと違う方向からアプローチするために、先ず未来さんの新世代としての力について調べることにしたんだ」


 そう言って御手洗さんが近くにあった白紙のボードを使って説明する。


「先ず第一に、予知夢が存在するのかどうか」

「存在するのかって……現に未来ちゃんが予知してるじゃないですか」

「彼女が夢を見てその内容が現実と合致してただけであって、それだけで予知夢と決め付けるのは早計だよ」


 御手洗さんが何名かの名前と数値を書く。

 その中には自分や鳴神くんの名前もあった。


「これは侵食率の数値です。一番多い適応世代の方の平均が十パーセントで、一番高い荒野さんでも十六パーセントです」


 そうそう、そんなことも話してたなぁ。

 最高十五パーセントの記録を塗り替え、手に入れたものが筋トレ一か月分の力である。

 ……やっぱ誤差だってこれ。


「そして新世代で日本最高数値を持つのが鳴神さんの三十パーセント。それに対して未来さんは前より少し上がって二十六パーセント……おかしいのですよ」

「おかしいって、何がですか?」

「基本的にこの侵食率が高いほど新世代としての力が強く発言します。甲種"伏せ神"を駆除し、"枯渇霊亀"を単独で相手にした鳴神さんに近い数値なのに、予知夢の力が弱すぎるのです」


 あぁ~……確かにあの規格外な鳴神くんと並べると、たまに未来が分かる程度の予知夢じゃつりあわないか。


「そこである仮説を考えました。もしかしたら複数の力が発現した結果、予知夢だと勘違いしたのではないかと」

「複数能力ってことですか!?」


 なんか漫画の能力バトルものっぽくなってきたぞ!?

 しかも複数能力って中盤以降に出てくる凄いやつだ!


「それで、これが未来さんからヒアリングした予知夢の一覧と的中率です」

「……ほぼ前半部分は完璧に的中してるのに、後半のものは続けて外れてますね」


 なんか予知夢が外れたら大変なことが起きるって聞いた覚えがあるんだけど、もしかして俺が今までずっと大変な目に遭ってきたのってこれが原因だったりしない!?


「実験方法は、先ず未来さんに外界の情報を絶った状態で予知夢を見てもらいました。すると普通に的中したのですが、情報に偏りがあることが分かりました」

「情報に偏りですか?」

「ええ、次に担当者を一人にして予知夢を見てもらいました。すると、かなり範囲が限定された予知夢が確認されたのです」


 ふむ……ふむ?

 範囲が限定ってことは、近くのことしか分からなかったということだろうか。


「それから、今度は担当者に報せず誤った情報や新聞だけを見せて未来さんと接触させました。すると、予知夢の内容も同じように誤ったものになったのです」

「えっと、つまり未来ちゃんのあれは予知夢じゃなくて―――」

「恐らく"リーディング"で周囲の人から情報を読み取り、それを寝てる間に"超計算"することで、擬似的に将来起こりうる事態を夢として見たのではないかと推測しています」

「おぉ、凄い!……いや、凄いのはいいんですけど、どこがヤバイんですか?」


 御手洗さんが若干青い顔をしているのだが、自分にはそのヤバさがさっぱり分からない。


「いやいや! よく考えてくださいよ!? "リーディング"で問答無用で脳みその中の情報が抜き取られて、それを"超計算"で強制的に出力させるんですよ!?」

「あぁ……やましいことを考えている人ほど、未来ちゃんが怖くなると」


 御手洗さんだけではなく、周囲の研究員さんまで冷めた目でこちらを見てくる。

 な、なんだよ!

 俺は別にやましいことなんてないもんね!


「……荒野さんにも分かりやすく言いますね。未来さんがアメリカ大統領の近くに寄るだけで、核の発射コードが漏洩したことになります」

「凄いどころじゃなくてヤバイじゃないっすか!?」


 そうか、近寄っただけで"リーディング"が発動するから誰にも防げないのか!

 セキュリティがどうこういう問題じゃなくなるよこれ!?

 下手したら世界中のパスワードや暗号すら漏れる危険性があるよ!?


「ようやく分かってくれましたか。ちなみに未来さんは久我議員にも会ってますし、一流企業に勤めてらっしゃるご両親もいらっしゃるので、頭の中は超重要機密が詰まったブラックボックス状態です」


 やべぇよ、やべぇよ……ここが日本じゃなかったら、情報漏えいを防ぐために暗殺されるか、他国へのスパイにされちゃうくらいやべぇよ……。


「もしかして久我さんにこのこと言いました!?」

「そりゃあ報告しましたよ。それで手厚く保護して治療してくれって頼まれましたので、今必死にどうにかしようとしているところです」


 ラスボスみたいにバレたら始末するとか言われなくて良かった。

 いやまぁ俺がロシアから帰って来たときにも色々よくしてくれたわけだし、疑う方が失礼か。


「……ふと気付いたんですけど、これって俺が聞いてもよかったんですか?」

「え? 本当は駄目ですけど、国家の秘密部隊長に聞かれたなら答えないわけにはいきませんよ。久我議員からも可能な限り情報を開示するよう言われてますし」


 前言撤回……はしないけど、疑わない代わりに無根拠に信じるのを止めよう。

 あの人は俺をどうしようとしてるんだ!?

 ……秘密部隊としての仕事か、それならある意味一貫してるのか。


 そんなことを話していると車椅子に座った未来ちゃんと、それを押す先ほどの担当者さんが部屋に入ってきた。

 どうやら眠っているらしく、安らかな寝息が聞こえてきた。


「最近はこうやって診断中にも寝ることも。起きてるときは"リーディング"で、寝てるときは"超計算"が働く。そのせいで脳に過負荷がかかり、情報をシャットダウンするために突然寝たりするのだと思います」


 診断中にも寝るようになったということは、症状が徐々に重くなっているということだ。

 このままでは文字通り寝たきりの生活になるかもしれない。


「すみません、娘を迎えにきました」


 今度はちょっと渋めのイケメンおじさんが入ってきた。

 あの声は前に聞いたことがあるから分かる、未来ちゃんの親御さんだ。


「車椅子ですみません。どうぞ、お気をつけてお帰りください」


 そう言って担当者さんが車椅子を引き継いでもらった。

 しかし、親御さんは申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。


「申し訳ありません。ここまで頑張って頂いたことには感謝しているのですが、娘は別の場所で治療をさせようという話になりまして……ここに来るのは、今日で最後になります」

「あぁ、やっぱりですか。今日、六華さんからお聞きしました。中国の"蓬莱"ですよね」

「娘にはまだ話していなかったのですが……はい、その通りです。外来異種からの危険から身を守る都市、最新鋭の技術が結集された研究所。なんでも医療技術も進んでいるらしく、一切の拒絶反応の出ない皮膚をわずか数日で用意できるとか」


 "蓬莱"……新聞で見た海底都市か。

 なんか選ばれた人しか入れないとか見た記憶があるけど、未来ちゃんの親御さんはその選ばれた一握りの人種ということらしい。


「そうですか……分かりました。我々が至らぬせいで治療のお力添えになれず、誠に申し訳ありませんでした」


 担当者さんがそう言うと、周囲にいた研究員の人達が立ち上がり、深々と頭を下げる。


「いえ、皆様のご尽力により大きな病院でも分からなかった原因が判明いたしました。この子の親として、感謝の念に堪えません。後日、また改めて御礼を申し上げに参ります」

「はい、どうかそのときは元気になった六華さんとご一緒に。その日を楽しみに待たせていただきます」


 未来ちゃんの親御さんと研究員さんはお互いに頭を下げ、そして出て行く二人を見送った。

 ……俺に出来ることは、何もなかった。

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