(3)
ティスに今度三人で飲まないかと誘われたと話すと、ルピナスは嬉しそうな表情になった。
「三人でですか。いいですね!」
そして、壁のカレンダーをちらりと見てから頷いた。
「来週は仕入れの関係で木曜が休みでしょ。そこなんて、どうでしょう」
「俺は空いてますよ」
「じゃ、明日聞いてみますね。どうでしたか、ティスに会ってみて」
感想を聞かれても、うまい表現が浮かばないので、率直な意見を言っておくことにした。
「格好いい
「ええ。あら? その前髪は?」
さすが女子だ。外見の変化には目ざとい。ティスに留め方を教わったと答えると、ルピナスは「あらあら、決まってますねえ」と笑った。
「目立つのが嫌なら金色もありますから、探してみては?」
「そんなのあるんですね」
「ヘアアクセサリーの世界は広いですよ。なんなら、そのリボンもバリエーションを増やしませんか? いつも同じでは飽きるでしょう」
フランツは肩に掛かるくらいの髪を一つに束ねている。王国貴族の男性は、軍属や高齢でない限り短髪にしないのが普通だ。いつも同じ緋色のリボンを使っているが、特にこだわりがあるわけではない。
「飽きる? ただ留めるだけじゃないですか」
ルピナスは腰に手を当て胸を張った。
「フランツさん、オシャレにも気を使いましょう。あと、王国の人はシャツにベストにズボンに革靴でスタイルが決まりますけど、ここでそれだと、一種のコスプレみたいになります。まさか、それで歩いていませんよね?」
「コス……プレ?」
「まあ、ものすごく平たく言えば、創作物の登場人物のような非現実的な格好をして、なりきるっていう感じでしょうか。ハロウィンの仮装みたいな」
「……」
「あら? なんか落ち込んでます?」
「べ、別に。カルチャーショックを受けてるだけです」
普段から慣れ親しんでいる衣服を、仮装と言われても困る。確かにこの街では浮くので、出歩くときはコートで隠しているが、夏になると困るだろう。
「ティスは、とってもオシャレなので、木曜日のお昼、一緒にお買い物してって頼んでみましょうよ」
「あー、そうですね」
ルピナスは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「なんなんですか、その顔は」
「いえ、フランツさんがジーンズを穿いてる姿を想像したらですね、そのほうがコスプレですよ。現代にタイムスリップした白馬の王子様みたいになって……う、うふ、ふふふ」
フランツは舌打ちすると、いつものごとく氷でも割ろうとしたが、どうせ客もいないので反撃くらいはしておこうと思い立った。
「俺を女装スパイにしようとするのは諦めてください。もういい加減、おっさんですから」
「あら、ふてくされてるんですか? そんなことないですよ! 今のうちにしておかないと勿体無いし、王国に戻るなら完璧に変装しなくっちゃ」
何が勿体無いだ。人の気も知らないで。
「まだそうと決まっていませんよね。しかも人を巻き込むつもりはありません」
先日ルピナスは、フランツの父が近いうちにコンタクトを取ってくるはずだ、その時はシャロンに一緒に王国に行ってもらえばよいと言った。だが、そんな危険なことを頼めるはずがない。
「好きな女性の前で女装しろと言われて、やりたがる馬鹿なんかいません」
「ふふん、ようやく好きだと認めましたね?」
埒が明かない。フランツは超絶不機嫌な表情を貼り付け、彼女のほうに向き直ると一歩踏み出した。この辺りでハッキリ言っておかねば。身長差を活かしてルピナスを威圧しつつ、冷たい声で告げた。
「人の恋心をオモチャにしないでください。傷付きます」
ルピナスは顔を九十度近く上げ、フランツを見上げた。その顔に浮かんでいるのは無表情といっても良い。よくこれだけ表情をコントロールできるものだ。
「意外と繊細ですよね、フランツさんは」
「どうとでも言ってください。人に惚れれば誰でも不安定になります」
「ほう。そうですね」
「あなただってあるでしょう。記憶の中だけじゃなく、そういうことが」
「……どうでしょうか。いろんな記憶が混ぜこぜで、私の感情など……」
彼女の瞳から、ふっと強さが消えた。体験が伴わない記憶だけ抱えているというのは、まだ十代半ばの彼女にとって不幸ではないだろうか。
「誰かを好きになったこと、ないんですか?」
彼女は苦笑いした。
「そうですね、私自身は……」
フランツは珍しいものを見た気分になり、彼女をまじまじと見つめてしまった。
その長い睫毛が上を向き、綺麗な白目と鮮やかな色の瞳が目に入る。将来は、きっと美女になるだろう。彼女目当てで来る客も増えることだろう。容姿だけが条件ではないが、良いほうが有利なことは間違いない。
「心配しなくても、恋なんか勝手に落ちるものですよ」
「知ってます。……知ってるだけですけど」
「弱気な師匠は珍しいですね。ちょっと記念に、あのカメラとかいうやつで撮っておきたいものです」
「……はい?」
フランツが普段の仕返しに意地悪な顔で笑ってやると、彼女は上目遣いのまま、唇をぐっと閉じて悔しそうな顔になる。これは可愛い。これこそ写真に収めたい。
「それ、いいですよ。なんかこう、ぐっと来ます」
「ば、馬鹿にして……!」
「可愛いとこ、あるじゃないですか」
また足を踏まれるかと思ったが、彼女は一瞬きょとんとして、それから妙な表情になった。唇は半開きのまま、ゆっくりと目を瞬かせた。
「どうしました? 意外と直球では言われ慣れてないんですか? 可愛いですよ」
さらに煽ると、彼女は何の前触れもなく思い切りフランツの足を踏みつけ、声もあげられずに痛がるフランツを押しのけると、何故かぷんぷんしながら流し台に向かった。
「心から褒めたんですよ!」
「
***
今回のBGMは ドールズフロントラインOST2より、Vanguard Sound/Café de Springfield です。
春田さんはランスの名字の由来の銃です。
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