(2)

 フランツは彼に気付いていたので特に驚かなかったが、それは彼がかすかに纏った硝煙の香りのせいだった。顎髭を生やした無造作な髪型の、帝国人らしい金髪碧眼の男だ。

「艦長の頭から女を追い出す? そりゃ無理だ。脳天に風穴でも開けないと」

「物騒なのはそっちでしょ」

「いや、お前がやるなら鈍器で殴るか絞殺だろ? そりゃ一緒だ」

 彼は鋭い目つきでフランツを見た。

「で、あんたは用心棒じゃなくてバーテンダーなのか?」

「用心棒兼見習いバーテンダーです。フランツと言います」

 フランツは、気配もなく現れた彼から同業者の匂いを嗅ぎつけた。あちらも何か感じるところがあるらしい。

「ほほう、マスター、彼はガンスリンガーじゃなさそうだな?」

「分かります? でも、ブレンさんに手の内は明かしませんよ」

「なんだそりゃ」

「ブレンさんなら当ててくださいますから」

 ルピナスはグラスを二つ差し出した。

「クラリッサ、オンザロックです」

 深い青色のカクテルは、店内の照明を受けて静かに煌めいた。ルピナスはフランツに、ブレンはアストラの同僚だと教える。

「銃じゃなきゃ刃物しかないだろ」

「もしかしたら、素手かもしれませんよ?」

「いや、違うね。そんな品のいい顔で、奇声を上げながら飛び膝蹴りやら回し蹴りされちゃ、ちょっと反応に困る」

「そこなの?」

「いや。色々と獲物を隠し持ってるだろ?」

 フランツは微笑を浮かべた。

「いいねえ、話が通じそうだぜ」

「話が通じるって……、あなた暗殺でもするの?」

 アストラに聞かれたフランツは肩をすくめた。

「廃業したのでお断りしたんですが、行く先がなく」

「まあ俺も足は洗ったつもりだけどな。じゃ、余興にちょっとやって見せてくれよ」

 ブレンは後ろの壁に掛かっていたダーツを指した。

「三発当てたら俺が一杯奢るよ。マスター、帰りに作ってやってくれ」

「いいですけど……」

 ルピナスはどこからともなくダーツの矢を取り出した。

「せっかくだし、全員でやりましょう。一番点が良かった人に、ブレンさんから一杯。ブレンさんなら私の奢りです」

「いえ、俺の給料から天引きでお願いします」

 フランツはシャツの袖をまくった。ブレンは面白そうに唇を歪めて笑った。

「やる気満々じゃねえか。いいねえ」

「ええ、たとえお客様でも負けるつもりはありません」


 ルピナスを除く三人が投げ終わった時点で、僅差でフランツが一位だった。が、最後にマスターの矢が百点を三度繰り出すのを、残る三人は唖然とした顔で見つめた。

「うーん? 今日はとっても調子が良いみたいですね」

 三本連なった矢を背伸びして抜くと、ルピナスは満面の笑みを浮かべた。

「フランツさん、上がる前にノンアルコールカクテルを作ってくださいますか? 教えますので」

「え……ええ」

「いや、せっかく勝ったんだ。今飲んでくれ。アルコール抜きなんだし」

 ブレンが言うと、ルピナスは白い歯を見せて笑った。

「うふふ、じゃあフランツさんの初仕事ですね。センス・アンド・センシビリティを作っていただきましょう」

 フランツは慣れない手つきで、教えられるままにジュースを混ぜていった。

「私にもこんな初々しい頃があったものです」

「ティーンが言う言葉じゃねえよ、それ」

 ルピナスは相変わらずの笑顔だ。

「できました」

 フランツは緊張しながらグラスを差し出した。オレンジジュースがベースの爽やかなカクテルだ。

「ありがとうございます。では失礼して、頂戴しますね」

 ルピナスは目を閉じて杯に口をつけた。

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