ABT2. ヘビースモーカーが禁煙した理由
(1)
「いいですね! 決まってますよ」
ルピナスはバーテンダーの正装をしたフランツの周りをぐるぐると歩きながら、同じ言葉を繰り返した。
「合うサイズがあって良かったです」
「用心棒なんですよね?」
「私が合図したときと、私が合図できない状態だと判断した時だけ、お願いします。戦うバーテンダーというのも萌えますね!」
「いや……萌え?」
「ご安心を、指導はちゃんとしますので。立ってるだけでもいいですね!」
「落ち着いてください、マスター」
ルピナスは腰に手を当てて胸を反らした。
「私はいつも冷静です。カウンターのお仕事って、知的で刺激的なお話ができることもあるし、ステキなお話が聞けることもあるので、楽しいですよ。特に恋の話は最高です」
フランツは彼女が年相応に目を輝かせる様子を見て安堵した。彼女のバックグラウンドは全く知らされていないのだが、もしかして中身は外と別物だと言い出すのではないかと不安になる瞬間がある。
「ただ、よっぽど親しいお客様以外には、アドバイスはなるべくしないで、ひたすら聞き役に徹してください。アドバイスが必要な場面はほとんどありません。求められたら、それっぽい格言とかで流してください。なんとでも受け取れるようなやつです」
「難しいことを仰いますね……とりあえず、聞き役に徹したらいいんですね」
彼女は頷くと、またフランツの周りをぐるりと歩いた。
「いいですね!」
「壊れた機械みたいですよ……」
「新しい人を雇ったの? どんな心境の変化?」
誰が見てもいい女だと意見が一致するであろう、銀髪の女性は煙草の煙を薫せながらカウンターに肘をついた。
「用心棒兼イケメンのバーテンダーさんを拾いました。いいでしょう?」
フランツは、すかさず訂正した。
「いや、用心棒件ただの見習いです」
「ご謙遜ですね。これもポイントです」
女性は苦笑した。
「私には彼がルピナスにいじられてるようにしか見えないんだけど」
「いじってませんよ?」
ルピナスは緋色のカクテルを差し出すと、メモを取っているフランツに説明した。
「これはアストラさんのスターター、シューティング・アン・エレファントです。三分ほど待ってから飲むのが美味しいので、他の方に出す時は説明してください」
「はい」
アストラはグラスを受け取ると、煙草の火を消した。
「私みたいに味覚が薄れたスモーカーには、ちょうどいいの」
「甘いんですか?」
「全然。香りがいいの。でもノンスモーカーには、分からないらしいわ」
「ワインベースで香りを引き立てる材料を足しているんですが、特に個性的というほどでもないんです。でも、確かにスモーカーの方には好評です」
「へえ……」
「それで、昨日はあの二人が鉢合わせしたんだ? 迷惑を被らなかった?」
アストラは艦長の直属の部下だ。秘書のような立場らしい。
「そうですね……まあ、それより、お二人の関係性がよーく分かりました」
「ごめんなさいね、うちの艦長、あんなので」
「いえいえ。ご苦労様です」
ルピナスとアストラは笑った。ルピナスは話が分からないフランツに説明する。
「フランツさんが裏で寝ていらっしゃる間に、艦長さんの片思いの相手が来られたんです」
「ああ」
「まあ、気を遣って二人きりにしてみたんですけど、リアナさんはあれで満更でもないですよね」
「ええ、それで甘やかして、また掌を返すのよ。あれだけ分かりやすくいたぶられてるのに、見えないのね」
「たぶん、見えていても抜け出せないんでしょう。依存ですね」
「はあ……別に二人でやってくれてるならいいのよ。でもあの女、仕事にちょっかい出してくるんだから」
アストラは腹立たしそうに、握りこぶしを机に押し付けた。フランツは小声で、彼女は艦長に惹かれているのかとルピナスに聞いた。ルピナスは首を横に振る。
「私の仕事は増えるばっかりよ……そうだ、ちょっと頭を叩いて眠らせたら忘れてくれたりしないかしら?」
ルピナスは、アストラが何かを悟ったような目をしているのを見て、カウンターから身を乗り出した。
「いやいやいや、だめですよ! 壊れた機械じゃありませんから! 下剋上になっちゃいます」
「実際壊れてるけどね……いや、殺るなら女の方か? でも、そしたら艦長がもっと壊れるし……」
ルピナスは「次、何か飲みます?」と慌てて勧めた。
「じゃ、クラリッサ二つ」
いつの間にか現れて席についていた男性が代わりに注文した。アストラが腰を浮かせる。
「ちょっと、驚かせないでよ」
「ブレンさん、いつの間に?」
「今来たところだよ。何やら物騒な話だな」
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