675・遥か未来へ続く道

 祝宴と化した式典が終わって季節は少しずつ夏へと近づいてきていた。ティリアースも含めたサウエス地方の問題点は四季が非常に感じにくい点だろう。

 常に過ごしやすい気候故のデメリット……といったところだろうか。


 あれから私はお父様から政務について教えてもらいながらリティアでの日々を過ごしてから故郷のアルファスへと戻った。

 ……まあ、こっちに戻っても部屋で勉強したりお母様の政務の手伝いをして過ごしたりするだけなんだけどね。


 本来ならまだ学園生のはずなんだけれど……学園は未だ当分休園状態だから行く事は出来ない。再び行けるようになるのは来年頃になりそうだ。少なくともそれまではお母様やお父様の政務を手伝って知識を吸収する事になるだろう。

 式典が終わった後、私は正式に王太子に任命された。あの時は本当に大騒ぎになった。色んな国からお祝いのメッセージが届いて、アルファスは町全体がお祭りムードに包まれていたものだ。


 王太子に任命された事でファリスや雪風はより一層訓練に身を入れるようになった。ジュールも相変わらずだ。日々の生活がいつも以上に忙しくなったけれど、私自身は特に何も変わらない。強いて言えば――以前よりも過去に囚われなくなったことくらいか。


 ――


「それでは今日はここまでにしましょう」


 お母様の手伝いが一区切りついてそっとため息が零れた。普段戦ってばかりいたからこそこんな風に知識を頭に入れるのはあまり得意ではないのだ。


「ふふっ、お疲れ様。少しお茶にしましょう」


 お母様がベルを鳴らすと使用人の女性がやってきた。指示を出すとしばらくしてお茶とお菓子が届けられる。こぽこぽとカップに注がれる。良い匂いと暖かみのある色合いが心を穏やかにする。


「仕事には慣れた?」

「少し……ですかね」


 淹れたて深紅茶を静かに飲むと口に苦みが広がっていく。なんとも言えない気持ちになってくる。


「これからもどんどん覚えていってもらわないとね」

「……少し手加減していただけたら――」

「私とあの人の娘であり、次期女王になるんですもの。これくらいこなせないと、ね?」

「はい」


 有無も言わさない圧力を感じて思わず即答してしまう。どうやらしばらくはこの町から外に出る事は叶いそうにない。

 ……まあ、こうやって緩やかなティータイムを楽しむことが出来るなら文句はあまりないけどね。


「そういえば貴女のお友達の――リュネーさんやレイアさんとはどう?」

「ええ。今日も手紙が届いたので後で返事をしようと思います」


 それぞれが自分達の国に(レイアは厳密には違うけれど)帰った後も文通でやりとりをしていた。レイアはアルフと一緒にドラゴレフに滞在しているから少し時間が掛かるけど、シルケットに戻っているリュネーとはそれなりに近い関係上、頻繁に文通を行っていた。おかげで彼女達や他の仲間の現状もよくわかった。

 リュネーはシルケットで傷ついた民達の為に慰問活動を行っているらしく、レイアはアルフと一緒にダークエルフ族のせいで凶暴化したであろう魔物や増えてきた賊の制圧をしているみたいだ。

 雪風はより一層力を付けているようだし、レアディはアロズと一緒に情報収集を主に他国の酒場にいるみたいだ。ハクロも吹っ切れたようでティリアースで行われている残党処理に率先して参加している。


 皆がそれぞれの人生を歩いている。私もそうだ。こうして仕事をして未来を見据えている。過去の事は大事だけど、それ以上に一緒に過ごす家族や仲間も大切で、掛け替えのない存在なのだ。


「お母様、そろそろ手紙を書きに行きますね」


 お茶も飲み終えたし、そろそろリュネー達に返事を書こうと思って立ち上がった。それを優しい笑みで受け止めてくれる。


「友達は大切にしなさい。特に貴女が心を許せる子はね」

「ありがとうございます」


 一礼して執務室を後にする。通り道の中庭には陽が射していて、色とりどりの花が一身に浴びていた。

 誰もがこうやって陽の光の下で自分らしさを出そうと頑張っている。中には他人を蹴落とそうとする者もいるけれど……それでも諦めない人達だって確かにいる。私はそんな人達を支えてあげられるようにならないといけない。過去の私が出来なかった事。今の私なら出来る事。それを一つずつ確かめていけばい。仮に一人でなんとも出来ない時が来ても、仲間がきっと助けてくれる。

 ファリスや雪雨、ジュールにヒューに今まで戦ってきたみんながいるこの世界でなら、不可能じゃないはずだ。頑張ってきた彼女達がそれを証明してくれている。そして……短い時間だったけれど一緒の時間を生きた彼も。


「……クロイズ。貴方の死は決して無駄にしない。初代魔王様から続いてきた戦いの元に築かれた平和。今度は私が受け継ぎ守っていく。それが――」


 ――それが聖黒族として生まれた者が背負うべきもの。他者を大切に想う気持ちを忘れないように。


 だからこれからもそれを誇りにして前を向いて歩き続ける。未来はきっと……私の歩く道が作ってくれるから。

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