633・受け継ぎし名剣

 なんとか雪風に刀を抜かさないで済んだけれど、こんな誰もいなさそうな不毛な土地になんでメイドが? という疑問は相変わらず存在した。しかも『とある館』と言っていた。だけど近くにはそんなものは見当たらないし、クロイズは何も言っていなかった。あんな苦悶くもんの表情を浮かべる程の消耗をしてまで連れてきたのだ。今更つまらない嘘や隠し事はしないはず。


「……とある館、と言いましたが、そんなものは付近には存在しませんよ。本当にあるのですか?」


 警戒心を剥き出しにして疑問をぶつける雪風の態度がおかしかったのかアスルはくすくすと鈴が転がるように軽やかに笑う。


「ふふ、申し訳ございません。ご主人様は争いを好まない性質たちですので。館には許可が下りた方以外足を踏み入れることも出来ません」

「……自分で怪しくなることを言っている自覚がありますか?」

「ええ。ですが初めて会った方々に嘘をつく必要などありません。それは貴女もよくわかっておいででは?」


 そこは一理ある。だけど――


「貴女やその主人があのダークエルフ族に加担していないとも言い切れません。この西地域は彼らの住む場所なのですから」


 睨まれたアスルは少し驚いて、すぐに悲しむように目を伏せる。まるで『違う』とでも言いたげな様子に雪風はより疑念を強めた様子だった。


「……聖黒族の貴女様ならご理解できると思います。この大陸に忌まわしき者達が住まうようになった理由を」


 唐突に問われても急には思い出せない。というか、なんでそこで聖黒族が関係するのだろう?


「この西地域はかつて聖黒族が栄華を極め、衰退し、滅亡した場所です。初代魔王であらせられるティファリス陛下が『覚醒』によって聖黒族になられるまで、彼らの存在はここで途切れておりました」


 雪風がちらりとこちらを見る。確かにそれは聖黒族に伝わる話だ。あらゆる種族が聖黒族の力を羨み妬み、交わり自分達の種族に取り込もうとした。時には処女の肉を喰らうことでとてつもない力が得られると信じられていたとか。

 たった一国であらゆる侵略者から身を守っていた聖黒族が最期にとった行動は自爆。襲いかかってきた敵の全てを爆発に飲み込んで自決した。だからこそ蘇った私達はそこから得た教訓を糧にしなければならない。


「だからここにいると?」

「痛み、恨み、妬み、苦しみ……数々の感情が渦巻いているこの地域にささやかでもいいから癒しを。それが私がこの世界で最も敬愛するご主人様の意思です。あの者達が何を成そうとも興味など微塵もありません」


 ふるふると首を振るアスルの顔からは嘘をついているとは思えない。まだ疑問や不自然な点は残るけれど、ダークエルフ族と関わっていないというのなら無理に問い詰める必要もない。


「……その言葉を信じましょう」

「よろしいのですか?」


 命令していただければ……と雪風の目は訴えている。この子の目ではアスルが脅威には映っていない。上手く実力を隠している証拠だろう。魔力の見極めはまだ彼女には出来ないみたいだしね。


「ええ。今は私達も大事な時期。それに関係しているのなら既に周辺にダークエルフ族がいてもおかしくない。でしょう?」


 複製体を送り込んでいた頃なら可能性はあったけれど、全面的に戦いだした彼らがこんな回りくどい事をすることはない。むしろお決まりのパターンでゴーレムとかに見張らせている方がまだしっくりくる。


「そう、ですね」


 やっぱりあまり納得していない雪風だったけれど、私がこれ以上追求する気がない事を知って一歩下がる。ここら辺きちんとわきまえている辺り、流石だと思う。


「ありがとうございます。勘違いさせてしまったお詫び……という訳でもありませんが、これをお納めください」


 アスルが頭を下げて手渡してきたのは一振りの剣だった……けど、なんだか凄く変なものだ。

 剣の柄の部分のつばに相当する辺りが何故か猫の肉球っぽい形で、如何にも可愛らしい。剣なのに。


「……あの、これは」

「とある御方が生前使用されていた魔剣でございます。猫人族と親身になっている御身であれば、凄まじい切れ味を誇る業物と化すでしょう」


 いや、こんなの貰う方が戸惑うのだけれど……。

 かと言って突き返す気にもならず、とりあえず受け取っておくことにした。


「あ、ありがとう」


 顔が引きつるのがわかる。後で誰かに――


「ああ、ちなみに猫人族の方と付き合いがない方。嫌われている方にはなまくらにしかなりませんのでご注意ください。よくわからない内は貴女様が使用していただくのがよろしいかと」


 ――まるで私の考えを読んでいるように言ってくれる。これでは他の人に渡すなと言われているようなものだ。

 ……仕方ない。あんまり気乗りはしないけれど、一応身に着けておこう。こんなところで出会うのだし、この地域のどこで再会するかわかったものじゃないからね。


「それでは私は失礼いたします。不意な出会いとはいえ、貴女様に出会えて本当に良かったです」


 にこりと笑ってアスルは先程と同じように湖を渡って消えていった。残されたのは明らかに異様な剣と何とも言えない空気のみ。


 ちなみに後でこの妙な剣の切れ味を試してみたら有り得ない程よく斬れて驚いてしまった。

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