629・帰還の約束
お母様と話を出来るようになったのは結局帰って四日後。前日にようやく使用人つてで夕食を一緒に食べようというのを聞いて今ちょうどドレスに着替えたところだ。普段とは違う淡い緑色のあまり派手過ぎないもの。フリルがついてきているのはまあ仕方ない。久しぶりにお母様と食事をするのだからある程度気合を入れないとね。
「ティア様、ドレスの方はどうですか?」
「ええ、久しぶりにこういうの着たけれど中々いいじゃない」
つい楽しそうにくるりと回って感覚を確かめる。それを見ているジュールの視線が妙に熱い。
ちょっと恥ずかしくなってこほんと軽く咳ばらいをする。
「……そろそろ行きましょう」
「はい!!」
あまりに力強く返事をしてくれるから自分がちょっと舞い上がっていた事をより強く意識してしまって更に恥ずかしくなってきた。……もう気にするのはやめておこう。
それよりも今はお母様と会えるのだ。そっちに集中した方がいいしね。
――
食堂に私一人では食べられない量の食事が並んでいる光景も本当に懐かしい。既に様々な料理が並んでいて、私がいつも座っている席と対面になるように皿やフォークが用意されていた。そこには既にお母様が座っていて、こちらに微笑みかけてくれた。
「エールティア、本当に久しぶりね」
「お母様……お久しぶりです」
なんだか妙に硬くなってしまってぎこちない挨拶をしてしまう。あんまりにも会えない日々が続いたからかもしれない。
「くすっ、可笑しな子ね。緊張しすぎ」
「え、あ、ははは。もう随分会っていなかったものですから……」
「……そうね。こうやってちゃんと話す時間なんて中々取れなかったものね。さ、早く席に着きなさい」
「は、はい」
多分……というか間違いなく私は浮かれていた。席についても妙にそわそわしてしまって落ち着かない。それに比べてお母様は全く動じていない。
食事が始まっても話したいことが多くて逆に何を話していいかわからない事すらある。
「貴女の活躍、よく耳に入っているわ。本当に頑張っているのね」
お母様の手が止まって、穏やかな笑みを浮かべて話題を振ってくれた。
「そうですね。拠点の攻略や反乱の鎮圧……色んなことをしてましたね」
「そうね。まだ学生なのにここまでの功績を挙げるなんて、私もお父様も誇らしく思うわ」
褒められているとわかると少し頬が緩む。もちろん、戦って当然だという気持ちが強いけれど、お母様は私の大切な家族の一人だ。そんなに人に褒められて嬉しくない訳がない。
だけどどうしてだろう? お母様の顔はどこかうかない。
「……エールティア。お父様が話していた貴族の役目を覚えている?」
「はい。『上に立つ者は率先して前に立たなければならない』ですよね」
昔からお父様は言っていた。貴族――特に領主として税金を得ている者は領民を守護する義務がある。それが『ノブレスオブリージュ』なのだと。
「そう。ティリアースの貴族はそうやって自らの務めを果たしています。……一部例外もいるみたいですけどね。でも貴女はまだ違う」
「違う?」
何もわかってなくて首を傾げる。お母様は神妙な面持ちをしているけれど、さっぱりわからない。
「務めを果たすのはあくまで大人の仕事ということです。貴女は強い力を持っています。ですが貴女はまだ子供。その義務を背負うのはまだ早いのです」
「お母様?」
いきなりの事で戸惑ってしまう。もちろんそのためにも戦ってきたけど……それ以上に自分は戦えるから。それだけだった。
「……貴女はお父様に似ています。他の誰よりも速く戦場を駆け抜けて人々を守るというのは素晴らしい事なのでしょう。ですが、もう少し貴女を心配している人がいるという事を気に掛けて欲しいのです」
その言葉でようやくお母様が何を言いたいのかわかった。だけど――
「……そう、ですね。その通りかもしれません。お母様にも心配をかけてしまいましたよね」
すっかり意気消沈してしまった。美味しかった料理もどこか冷めたような味がする。
「わかってくれればいいの。貴女の事は信じています。ですがどうか……無茶な事だけはしないで。本当に危険だと思ったら絶対に引いて。約束出来ますね?」
「は、はい。……あの、止めないのですか?」
てっきりもう戦いに行くのはやめてとでも言われるかと思ったのにまさか約束するだけで済むなんて思ってなかった。
「どうせ言っても聞かないのでしょう? そういうところもお父様に似ているでしょうしね。……ついでに嘘をつくのも」
どこか諦めた様子のお母様。なにやら悟った顔で言ってくるから焦ってしまう。これから最後の戦い(になるかもしれない場所)に行くのだ。万が一止められても私は黙って行っただろう。
「だから無事に帰ってくること。それだけはちゃんと約束してちょうだい」
「……わかりました。必ず帰ってきます。ここは私の大切な……本当に大切な場所ですから」
久しぶりのお母様との食事はどこかしんみりした感じで終わった。最初は浮かれていたけれど、お母様の気持ちも知れて考えさせられる結果になった。それでも……今は戦わないといけない。ここに大切な人達が残されているのだから。
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