550・改造ゴーレム(ファリスside)

 リュネーをワーゼル達に任せ、ファリスは迷うことなくフィシャルマーへと突撃する。ただの物質に過ぎないそれは、左手に剣を持ち応戦する。盾を構えた時よりも更に深く。クラウチングスタートでも決めるのではないかと思うほど身体を落とし、矢が放たれたかの如く加速する。光の速さを請えるのではないかと錯覚する程の剣速。


「【プロテマジク】!」


 この一撃を受けてはまずいと判断したファリスは腕を犠牲にするように交差させ、更に魔導を重ねる。判断ではない。避けられないと直感したからこその対応力。それが彼女の命を救う。

 腕に響くのは鈍く重い痛み。普通に受けていたら間違いなく腕を叩きおられ、ファリスの身体は幾つもの骨と臓器を犠牲にして悲惨な状態になっていただろう。

 みしみしと嫌な音が響き、軽く吹っ飛んだファリスは体勢を崩しながらもなんとか倒れないように尽くしていた。それを嘲笑うように軽やかに飛び上がって剣を振り下ろすフィシャルマー。


「【シックスセンシズ】!!」


 普段使っている【シックスセンシズ】とは比べ物にならない程の魔力を注ぎ、全身の感覚を鋭敏にさせる。それはつまり『痛覚』すらも跳ね上がる諸刃の剣なのだが、尋常ではないフィシャルマーの動きに付いて行くにはそのデメリットも飲み込む覚悟が必要だと判断したのだ。


「あまり良い気にならない事ね。【エクスウィンド】!!」


 空を走るように渡り振り下ろされた剣戟を皮一枚で掠めるファリス。それすらも激痛なのか、僅かに表情ゆがめながらも、まずは自分に有利な距離を取るべく魔導を放つ。近距離故に先程の盾の防御も間に合わないだろうという判断だったが……それは甘いというかのように風の球体が着弾する時には既に右腕の盾を構えていた。

 大きな爆風に後退を余儀なくされるフィシャルマーだが、そんな事は何の脅威にもならないと言うかのように即座にファリスへと突進する体勢に入る。


「そう何度も直線を取れると思わない事ね。【フラムブランシュ】!!」


 再び放たれた極太の線を描く炎の魔導は、先程よりも数段力を濃密に練り込まれていた。盾で防ぐ際、吹き飛ばないように腰を落として地面を踏みしめる。つまり突撃状態であるそれに高火力の魔導を叩きこめば――盾の展開が間に合わず、直接叩きこまれてしまうのも必然だった。お返しと言わんばかりの極大の熱線がフィシャルマーの身体のあちこちを焼き払い、飲み込む。踏ん張る事も出来ずに更に距離が開く。


 更に魔導を叩き込もうとしたが、フィシャルマーがファリスから離れたのを確認したダークエルフ族の兵士達が大砲の焦点を合わせる。オルド達の奮闘もあって大半の兵士が彼らの方に向かい、ククオルの【妖死燃蝶あやかしねんちょう】によって拮抗を保っている。しかし、大砲を準備している兵士達まではフォロー出来ていなかった。


「発射ぁぁぁ!!」


 掛け声と同時に光がファリスに襲いかかる。準備されてあった砲台は全部で五つ。その全てが怨敵である聖黒族を討ち滅ぼす為に。


「ちっ……【シールドラウンズ】!」


 速度はあるが、フィシャルマーのそれとは比べ物にならない。ファリスの正面に光り輝く大きな円状の盾が出現する。激しい音と共に光と盾がぶつかり合い、収まると同時に体制を整えたフィシャルマーが盾を前面に突き出し、剣を構えて駆け出していた。


「邪魔! 【フレスシューティ】!」


 フィシャルマーを援護するべく、大砲を撃ったダークエルフ族が次々と氷の槍や炎の矢が放ち、ファリスの行動を妨害してくる。それを広範囲に降り注ぐ炎で対応する……のだが、金属で作られているフィシャルマーにとっては雨粒程度のものでしかなかった。


 光のように走る無機質な者は振り上げた刃と同じ煌めきを宿し、無慈悲に振り下ろす。そこに一切の情は存在しない。鬼人族のように戦うことで誉れを見出す者達からすればその信念を冒涜ぼうとくしているだろうそれにファリスは対応できず、左肩に重たい一撃を浴びせられた。深く沈没したそれは明らかに骨を砕いていた。


「ぐ、く、ぅぅぅぅぅ……!!」


 意識が明滅しそうな程の痛み。【シックスセンシズ】の効果によって増大された痛覚が神経の糸を直接かき鳴らすようであった。悲鳴にのたうちまわり、そのまま気絶してもおかしくない激痛を歯を食いしばってこられる。その姿に歓喜の声を上げるのはダークエルフ族の面々だった。


「よし! トドメを刺せ!! 憎い聖黒族を殺せ! 奴らの息の根を止めろ!!」


『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 興奮のあまり喜び吠える指揮官に合わせて『殺せ』コールを行う兵士達。その雰囲気に呑まれてじりじりと後ずさるオルド達に興奮の坩堝るつぼに囚われたダークエルフ族達は気付かなかった。


「…………」


 いつのまにか痛みを堪えることも止め、ただただフィシャルマーを見上げる顔。そこには興奮の熱気とは対照的なまでの冷たさがあった。表情が抜け落ち、静かに怒る。凍える程に寒い視線。

 激しく痛む左肩に手をやり、べったりとついた血を眺める。


 フィシャルマーの刃が自らの眼前に迫っても一切気にする様子のない彼女。誰もが死んだ。殺したと思えるほどの一瞬。

 振り下ろされた斬撃に合わせて上体を逸らし、するりと刃の進行先から抜け出し、回し蹴りを繰り出す。先程までの速度とは明らかに違う一撃。唐突の攻撃に対応できなかったフィシャルマーは無様に転げ、ファリスはそれを見下ろす。


 その視線はただただ、ゴミを見るような冷たさを宿していた。

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