542・オーク族のやり方(オルドside)

 ファリスがリュネーのところに向かっている一方――オルドは食糧庫の方で樽を壊して窮屈だった身体を思い切り伸ばす。何時間も同じ姿勢を保ち続けていたのだからあちこちに痛みを感じていた。


「ふぅ……あまり狭い場所にいるのは厳しいな」


 首の骨をこきこきと鳴らしてゆっくりと動き出す。周囲の様子を見ると他のついてきた者達も次々と隠れていた場所から出てきた。


「オルド隊長!」

「隊長は止せ。今回、私とお前達は同じ立場なのだから」


 集合した彼らは誰がいないか確認して――


「……ファリス様がいらっしゃらないみたいですが」


 一人の魔人族の男性が声を上げる。オルドも気付いていたが、他の二人はまだ探しているようだった。


「ファリス様は武器の入った箱にいたからな。恐らく別の倉庫に連れていかれたのだろう」

「そんな……」

「どうしようか……」


 ファリスという存在はかなり大きい。彼女一人であらゆる不利な局面をカバーできる程の強さを秘めていたからだ。はぐれてしまった事に関して不安に思ってしまう事は仕方がない。


「ファリス様がいないからどうしたというのだ? 私達の役目はただ一つ。リュネー姫を助け、この町から出る事だ」

「しかしそれもファリス様あっての作戦ではありませんか。私やユヒトは戦えますがお二人程ではないのですよ」


 そう訴えたのは灰色の髪色と耳に複数の尻尾が生えている狐人族の女性だった。それに同調するように頷いたのは僅かに小麦色の肌をしている魔人族より若干身長が低いゴブリン族のユヒトと呼ばれた男性。

 二人とも元々索敵系の魔導や戦闘中のサポート要員としての役割を担っていた。戦闘自体は出来るが、オルドやもう一人の魔人族の男性のように勇み込んで戦う事は出来なかった。


「それでも、だ。こんな事態になることも想定内だったはずだ。今はリュネー姫を救出すること。その目的は例えあのお方がいなくても変わらない」


 周囲が不安になっている中、オルドだけは落ち着き払っていた。


「予定通り動け。一刻も早くリュネー姫を助けろ」

「オ、オルド隊長は……?」


 今回の作戦に採用された青髪の魔人族であり、オルド隊の一人であるワーゼルは若干不安が拭いきれない様子だった。


「私がいたら見つかりやすいだろう。ファリス様がどこにいるかわからない以上、お前達まで見つかるわけにはいかない。それはわかるな?」

「で、ですが!」

「お前は何のためにここにいる。私のためではない。国の為。仕えている女王陛下の為に戦っているのだ。ならば、自分のするべき事をしろ」


 普段であれば一喝して怒鳴っていただろう。オルドは温厚な方ではない。部下にも飴と鞭で接してきた。だからこそワーゼルはどれほど我慢して懇切説明してくれている事が伝わった。


「行くぞ」

「だ、大丈夫なのですか?」

「安心しろ。命に代えてもお前達は俺が守る。それにオルド隊長が気を引いてくれるんだ。ここで俺達がまごついていたら何の為にこんな危険を犯したんだ? リュネー姫を助けられなかったら意味がないだろう」


 この場に取り残された恐怖と不安で動けなくなっていた。ワーゼルはユヒトと狐人族の女性――ククオルの説得を試みる。死と隣り合わせの恐怖にまだ足が震え、気力が萎えそうになる。しかし……それでも覚悟を決めた顔つきになっていたのは、彼らも今自分がやらなければならない事を思い出したからだった。


「行け。生きて帰るぞ」


 短く。それ以上は必要ないというかのようにオルドは三人に背を向ける。三人も頷いて何も言わずに各々行動を開始する。ちらりとオルドが後ろを向くと、既に三人ともいなくなっており、自然と頬が緩む。


「それでいい」


 自分も己の務めを果たさなければならない。近くの酒樽にどっかりと腰を下ろし、適当に肉をかじる。どうせこの図体ではいつまでも隠れる事が出来ない。ならばここで敵を待ち迎撃する。広い食糧庫には多くの食べ物が集められている。これら全てを一気に失う事にでもなればダークエルフ族にとってはかなりの痛手になる。彼らはそもそも国単位の集まりを持たない。こうして町を奪ったり拠点を構築したりする程度なのだ。地下にある食糧を持ち出そうにも時間が掛かる上に限界がある。王都を襲撃するための本隊に多く割り振られている以上、この中にある食糧が全てだったのだ。故に知性のない兵器は使用できない。それもまたオルドが出した結論だった。


「なら、待っている間はこっちの好きにさせてもらわないとな」


 隣の酒樽を空け、近くにあったカップで中身をすくってそれを一気にあおる。敵地のど真ん中でこんな豪胆な事は中々出来ないだろう。さながら最後の晩餐ばんさんをしているようにも見えるが、オルドはそんな事微塵も思っていなかった。これから来るべき戦いに向けて自分を鼓舞するための盃だった。ただ一つ不満があるとすれば――


「……っはぁー。中々旨い酒だな。あんな奴らに呑ませるにはもったいないくらいだ」


 誰も酌み交わす相手がいない。それだけが彼が思った事だった。

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