530・後始末の面倒さ(ファリスside)
ダークエルフ族の捕虜を拠点へと連れ帰り、新しい施設を増設したファリス一行。つまらない作戦を終え、再び退屈な時間が訪れるのかとも思っていた彼女を待っていたのは――想像を絶する責め苦であった。
「はぁー……」
重く、深い息を一つ。幾多の戦場を渡り歩いた彼女でさえ、そんな疲れの溜まった息を吐きだす程の苦悩を強いられていた。
「ファリス様」
そんな調子の悪いファリスの目の前に現れたのはルォーグだった。濁った瞳を向ける彼女に対し、無機質な視線がそれを返す。椅子に座っている彼女を見下ろすルォーグは手に持っていた物を彼女の机にどっかりと置いた。
その光景を見たファリスの目には深い悲しみの色を湛えていたが、ルォーグはそれを気にしていない様子だった。
「これを」
「……まだこんなにあるの?」
「仕方ありません。ファリス様もあれに同意してくれたでしょう?」
「それはそうだけど……」
だからといってこんな事を望んだわけではない。そんな心の中の訴えを視線で伝えたが、あまりにも高等な伝達手段故か、ルォーグに伝わる事はなかった。
「それではよろしくお願いします。くれぐれも、今日中に終わらせてくださいますよう」
あまり長居しないように……とルォーグは渡すものだけ置いてさっさと出て行ってしまった。残されたのはファリスと彼が持ってきた
「なんでわたしがこんな事を……」
ルォーグがいなくなった途端、ファリスは頭を抱えそうになった。いくら処理してもやってくる紙。書類。山。谷。次々と出来ていく新たな大陸に、元々そういう事に接した事のなかった彼女の処理能力は限界を迎えていた。
ダークエルフ族を連れて帰った後の処理が未だに終わっていなかったのだ。シャニルやベルンへの報告書や始末書。更にダークエルフ族を捕らえておくための設備に本格的な住居の建築。そしてそれに必要な材料に足りなくなった食糧の調達に掛かった費用にその他諸々の申請……あまりの多さに失神しかけるほどだ。
捕らえていたダークエルフ族の数が少なければここまでの事にはならなかっただろう。しかし地下都市一帯の住民を丸ごと捕縛する事になったせいでそれを監視する建物も人も何もかも足りなかったのだ。
今は躍起になって集めている最中で普段事務処理をしてくれるルォーグも忙しい。他の作戦参謀の者達も各々出来る事をやっているため、この拠点の最高責任者であるファリスにまで普段はあまり回ってこない書類仕事の数々が降りかかってきたのだ。ファリスは今まで彼女の名前なしでは実行できない事にだけ署名や印を押していた。これがもう少し規模の小さな援軍であればこんな面倒事も必要なかったのだが、シルケットはティリアースが懇意にしている国の一つであり、ダークエルフ族は聖黒族の天敵。自然と子の件にはかなりの力を入れていた。女王候補であるエールティアの配下を組み込んだのもそれが一つの理由だった。援軍の中でも屈指の実力を持ち、その全てを統括する役目を担った彼女だからこそこうした役割も仕事の一つなのだったが……流石の書類の量に苦痛を通り越して嘆きすら感じていたようだった。
「はぁ……こんなの、わたしの性に合わないんだけどなぁ……」
しかしここでやめてもルォーグに怒られるだけでしかない。なまじ自分が一任した作戦の結果だから文句をいう訳にもいかない。仕方なく向き合うしかなかったのだった。
――
「もう……駄目……」
疲れ切った顔で机に伏せたファリスは、なんとか処理する事が出来た書類の山を見てうんざりしていた。ここ数日こんな調子なのだから彼女も虚ろな目をするしかなかった。
しばらく何もせずに無為な時間を過ごしていると――ルォーグが再びやってきた。彼も疲れに支配されているのだろう。重たそうに身体を動かしていた。
「お疲れ様です。ファリス様」
「……そうね。大分疲れた。後いつまで続くの?」
お門違いなのは理解できるが、ファリスはつい恨めしい気持ちで睨みつけてしまった。
「安心してください。二日後にはベルン様から増援を送ってくださるそうです。そうなればこちらにも人員を割けますのでもう少し我慢してください」
「大体何でわたしまでこんな書類整理に付き合わないといけないのよ……」
どこか
「もう少しですから頑張ってください」
「……わかった。食料は問題ない?」
「率先して狩りも行なっていますので、もうしばらくは持つでしょう」
食料の問題は深刻だ。村にも町にも限界があるし、お金にも上限がある。それを多少補うために狩りを行なっていたのだ。最初はファリスもそれに参加しようとしていたのだが、成功するか消し炭にするかのどちらかだった為、こうした仕事に回されたのだ。なんとか自分ももう一度狩り担当に戻ろうとしたのだが、結局使者が来るまでの間、彼女は必死に書類整理をするしかないのであった。
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