527・新たなる闇風(???side)

 ――静寂。


 いつもはお喋りな気もするジックとヒューンの部隊は誰一人声を出さなかった。異様な光景。まるで蛇に睨まれたかえるの気分を味わっているような感覚。

 息が徐々に荒くなり、腰に携えている剣に手が掛かっていた。


 その一方でジロジロと不躾ぶしつけな視線を向ける黒竜人族の少年は、一切物怖じしていない。まだ十三か十五か……。そのくらいだと思われる少年。一通り見た彼が次に浮かべたのは――落胆だった。


「なんだ。有象無象の者どもか。わざわざ招いてやった甲斐もなかったか」


 興味を喪失した彼の言葉に僅かに安堵するジック達。それは彼の気を引く何かがあれば『死』を意味する。そう思っているかのようだった。どれほども経っていないであろうその体躯たいく。数々の戦いを切り抜けてきた兵士達が怯えるような見た目には到底見えなかった。


「もうよい。速やかにね」


 しっしっとまとわりついたコバエでも追い払うかのような仕草をされてもジックは深い安心感に支配された。言い方は気に入らなかったが、それ以上にこのまま無事に去る事が出来る。五体満足で帰れる事に不満など抱きようはずがなかった。……のだが。


「おいおい! いきなり現れて何勝手言っているんだ!?」

「そうだ! ガキの癖に生意気言いやがって! ぶち殺されてぇか!?」


 そこで全く空気が読めなかった存在が数人。ヒューンとその配下達だった。今まで黙っていたのはジック達が何かを言ってくれると思っていたからで、何も言わずにだんまりを決めているのもいい加減に限界だったのだ。

 これに大慌てしたのは目の前の黒竜人族の実力を僅かに感じ取れるジック率いる部隊の一部とその本人だった。


「ヒューン!」

「ジック、何こんなガキに怯えてやがる! なんでシルケットにいるのか知らねぇけど、高々黒竜人族のガキじゃねぇか!」

「馬鹿野郎! お前にはあれが――」


 ――ぞくり。

 悪寒を感じたジックが視線を向けると、そこには先程の興味なさげにしていた少年が先程と違った表情を浮かべていた。


「ほう、なるほど。力の差もわからぬ下郎であったか。哀れ。羽虫に竜の大きさが理解出来ぬか」

「何だと!?」

「馬鹿にしやがって……! 大人をなめるとどんな痛い目に遭うか、教えてやるよ!」


 ヒートアップしていくヒューンとその配下は一斉に魔導を放った。一斉に『ファイアアロー』と叫び各々のイメージが具現化した大小様々な炎の矢が出現する。同じ魔導名でも槍に似た形状であったり、雨のように頭上から降り注ぐものだったりと多種多様。それほど強くない彼らの魔力であっても炎のパレードといっても良い光景が繰り広げられていた。


「ちっ……こうなりゃ仕方ねぇ……。お前ら! 俺達も一斉に魔導を発動させるぞ!」

『おうっ!!』


 ヒューンが攻撃を仕掛けた事で自分達も退くに退けない状況に追い込まれたと判断したジックは、『ファイアアロー』に便乗して一気に魔導を畳みかけ、怯んでいる間にここから離脱する――そういう魂胆だった。


「『ウィンディボム』!」

「『アロムシュート』!」


 援護射撃を行うように撃ち込まれるのは風属性の魔導。風が炎をあおり、纏い、より強力な魔導へと昇華する。『竜』を冠する種族が扱える『フュージョンマジック』よりは明らかに威力が低く劣化と言われても仕方がないのだが、それを数で補っているのだ。


「……愚物が。その程度の魔法を我が眼前に見せるなど」


 一切に襲い掛かってくる炎と風の複合魔導。黒竜人族であろう少年は無価値な物を見るような視線を向けていた。


「馬鹿が! 何も出来ずに死にやがれ!!」


 完全に目的を見失った発言をするヒューンはジック隊の援護が入った事で調子に乗り始めたようだった。少年がただ何も出来ずに立ち尽くしているだけにしか見えなかった事も相まって増長しているが……彼は気付いていなかった。

 着弾していく炎と風の魔導。地面を抉り、木を薙ぎ倒し、岩を破壊する。


 ちょっとした範囲魔導となっており、少年が一帯を焼き払う。魔導によって生じた爆風や土煙によって視界が遮られた瞬間。ジックと一部の兵士達は離脱を図る。


(くそっ、馬鹿だと思っていたけれどここまでだとはな。ヒューンの奴にはわりぃが、こっちもまだ生きたいからな。こんなところで馬鹿みたいな死に方してたまるかよ)


 逃げられる可能性は決して高くない。しかしゼロではない。力の限り走り、息が切れても足がもつれても決して歩みを止めずにひたすら全速力でファリスがいる場所へと戻ろうとする彼の思考はある意味まともだっただろう。化け物には化け物を。万が一そこまでいければ彼女がなんとかしてくれる。その時の損害やなにかは知った事ではない。自分さえ。この命さえ助かればいい。そんな自分勝手な感情のまま走った彼は頑張ったと言えるだろう。ただ一つ。彼のミスは――


「愚物が。実力すらわからぬ者に生きる意味など存在せん」


 ――後ろから迫ってくるのが少年ではなく熱線だったことか。


 攻撃の隙などはなく、振り返る事も避ける事も出来ず……ただただ熱にその身を焼かれ、消え失せるのみだった。


「……興が削がれた」


 後に残されたのは少年ただ一人。そんな彼も月明かりから離れ、夜闇の中へと消えていくのだった。

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