518・撤退思案(アイシカside)

 様々な施設を案内してもらったガルファとアイシカは、兵士と別れを告げて彼が教えてくれた地下への入口へと来ていた。


「ここにエルフ族の……」

「どうする? 入ってみるか?」


 エールティア達が今まで通っていた部屋の床が隠し扉になっているタイプではなく、拠点の中央に存在する部屋の一つに堂々と地下へと続く階段が存在した。一応ベッドや机などは存在し、簡素ながら人一人が生活できるスペースは存在した。


 そんな部屋に男女が二人。地下への階段を見下ろしながら考え込む姿は中々シュールと言えるだろう。


「あの兵士のおかげで拠点の内部構造は大体把握出来たし……一度外に出るのもありかもね」


 あまり欲張らずに一度報告に戻る。それもありだが、ガルファはこのまま潜入したままの方がいいのでは? と考えていた。


「せっかくここまで来たんだ。もう少し情報を集めてからでいいんじゃないか?」

「……そうだけど、あんまり人目に付くのも抜け出すのに苦労するよ」


 今は出会った人数が少ない。この拠点の内部でも三人といったところだ。最悪始末すれば問題ない数字。警戒態勢を敷かれてしまうが、顔がバレるよりはマシな範囲だろう。これよりも多くの人に知られることになれば抜け出した時の言い訳を考えなければならない。今以上に拠点から抜け出すことは難しくなるだろう。


「それはお前の魔導で何とかならないのか?」

「『メタモルミスト』はそこまで万能な魔導じゃないよ。ある程度は弄れるけど、ベースとなった人の原型はある程度留めないといけないの。男が女になれる訳じゃないし、妖精族にだって小さいサイズに見せる事は不可能なの。だから姿を変えて再潜入とか難しいし……そもそもそんなに別人が入ってきたらそれこそ怪しいでしょう?」


 それもそうだと考え直すガルファだったが、それを加えても今目の前にある情報を掴めれば――。そう思ってしまうのもまた人として当然の欲求だった。手を伸ばせば掴めるなら、人は目先の利益が得られるのであれば喜んで飛びついてしまうもの。ガルファは今まさにそのような心境だった。


(……なにをそんなに悩んでるみゃ? 無理して危険に飛び込むなんて私達のするべきじゃないみゃ。安全に行けるならその方がいいのみゃ)


 うんうんと悩んでいるガルファの心境をあまり察する事が出来ないアイシカは、もう既に自分一人で中に入ろうかと思っていると――


「……一度帰るか」

「いいの?」

「『メタモルミスト』を過信するべきじゃない。なら、少しでも情報を持って帰るのが俺達の仕事。そうだろう?」


 改めて自分の本来の役目を思い出したガルファは撤退する事を決めた。そこから次にどうするか。


「なら、目撃者はどうする? 消す?」

「それは不味いだろう。下手な事をすればその分矛盾が生じる。人数が少ないならもっと効果的な手段がある」

「……そっか。それならよろしく」


 にやりと笑ったガルファの扱う魔導を思い出したアイシカは、早々に自分の意見を引っ込めてしまう。短いながらも一緒に仕事をしたこともある彼女は、ガルファの事を多少なりとも知っていたのだ。


「まずは案内してくれた兵士だが……場所はわかるか?」

「一応わかるよ。こっそりこれを付けておいたからね」


 アイシカが取り出したのは黒い石がはめ込まれたピン。案内を受けている間に鎧から見える布地に刺しておいたのだ。おまけに黒石の部分が見えないように裏側に。手先の器用な彼女だからこそ出来る芸当だった。


「魔石ピンか。なら見つけ出すのは簡単だな」


 ガルファもよく知っている魔石ピンとは、探索系の魔導と相性の良い魔導具であり、一定の魔力を放つだけの代物だが、それ故にそれを補足するようにイメージがしやすい。アイシカもこれを愛用しており、潜入先で敵の位置を把握する事によく使用している。目立たない場所に付ける為、付けられた本人は気付かず行動を把握されてしまう始末だった。敵にすれば厄介だが、味方にすれば頼りになる存在とも言える。


「問題は門兵だが……彼らは交代しているなら詰め所にいるだろう。先にそちらを覗いて……という手順でいいか?」


 流石に触れる機会のなかった門兵にまで魔石ピンを刺すことは出来なかったらしく、ガルファの提案に素直に頷いていた。


「ならまずは……あの兵士の人からだね」

「せっかく案内してくれた実に親しみやすい男だったんだがな」


 あらゆる種族に嫌われているダークエルフ族に『親しみ』なんて皮肉に思わずアイシカは笑ってしまった。その言い方が『惜しい人を亡くした……』みたいなニュアンスで聞こえてしまっただけに余計に笑いを誘ってしまったのだろう。


「ふ、ふふふ、くふっ……わ、笑わせないでみゃ……」


 妙にツボに入ったのか笑いを堪えて変な声を上げているアイシカは猫人族訛りが戻ってきていた。静かに深く呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した彼女は澄ました表情をしている。


「はぁ……はあ……全く。それじゃいくよ。『ディテクション・マジック』」


 ダークエルフ族に化けているアイシカの手のひらに円盤状の地図のようなものが現れる。ちかちかと赤い光が点滅して少しずつ移動しているのがわかる。


「よし、これを元に近づいて行こう」

「移動している方向から行かないようにね」


 注意しているアイシカの案内を受けて、こんなにも容易く位置を割り出され補足される事に恐ろしさを感じ、改めて彼女だけは敵に回さないようにしようと思ったガルファであった。

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