493・極光の一閃

 粗方情報の説明を終えた私は、静かに出されたお茶に口を付けていた。渇いた喉を潤した私にフォルー卿が問いかけてきた。


「エールティア嬢はどうお考えですか?」


 それは学習する鎧がどれほど広がっているか、についての問いだった。さっきからずっとその話題が中心になっていた。今現在は私が報告した一体のみだけど、それだけな訳がない。たった一体の切り札をここで使ってくるなんて普通はあり得ないからね。どう考えても他にもいる。

 とりあえず鎧の情報は各国に伝達する事は決定している。問題はそれ以外だ。


「そうですね……。あの一体だけではない、とだけ断言させていただきます」

「ほう、その理由を伺っても?」

「私が戦ったあの鎧はまだ満足に学習している状態ではありませんでした。学んで強くなるとはいえ、たった一体しか存在しないのであればもう少し出し惜しみすると思います」

「……なるほど。アーマーゴレム以外の兵器は小出しするように現れていた。その事を考えれば一体だけというのは考えにくいという訳か」

「その通りです。もう一つ付け加えさせていただくなら、あの謎の光。あれは偶々当たったんだと思います」

「偶然だと? しかし……いや、そうか」


 お父様が私の『偶々』に反応して何か考え込んでいた。


「リシュファス閣下、何かわかったのですか?」

「ああ。初代魔王様の時代に『極光の一閃』と呼ばれる魔導兵器をダークエルフ族が使用したという記述が残っている。それは他の者達も理解しているな?」


 その問いかけにはもちろん『はい』で全員が答えている。現在のエルフ族の始祖であるベリルがダークエルフ族の王フェイルの首級を挙げた時の逸話にその存在が記載されている。曰く、中央に存在するダークエルフ族の国から南西にあるティリアースのかつての王都であるアルファス(旧・ディトリア)を狙い撃ちにして、初代魔王様がそれを人造命具で防いだという話だ。


「それは私も知っていますが……彼らはそれを再現した、と?」

「いや、恐らく他の遺跡から発掘でもしたのだろう。西の地域の遺跡は初代魔王様の時代で全て洗い出され潰されている。だが、他の地域はまだ古の遺跡が残っているはずだ」


 大体理解出来た。西地域以外の遺跡から同じような魔導兵器が発掘された……お父様はそう言いたいのだろう。

 他の二人にもお父様が何を言いたいか理解して、途端に慌てだした。


「つまり『極光の一閃』と同系統の魔導兵器が掘り起こされた……と?」

「あくまで憶測だがな。しかし初代魔王様の時代ですら古と呼ばれた時代の兵器だ。そんなものがこの時代でまともに動く保証などどこにもない」

「しかし『極光の一閃』は過去に二度、明らかに狙った場所を撃ち抜いたではありませんか!」


 オルク卿の悲鳴に近い言葉にフォルー卿も同意するように頷いた。確かにディトリア以外にも撃ち抜かれた場所が存在する。でも――


「それが何度も続くと思うか? それならばとうの昔に中央都市リティアが撃ち抜かれているはずだ。それが出来なかったという事は……」

「今はまだ試射の段階である。そういう事ですね」

「そうなるな。テスト段階で学習する鎧――この際『成長する人形グロウゴレム』と呼称しよう。たった一体しかいないグロウゴレムを魔導兵器の試射予定の戦場に送り込むなど、愚の骨頂と言えるだろう。ダークエルフ族の狡猾さを考えればまずありえない」


 その通りだ。彼らなら、もっと実りのある状態で仕掛けてくるはずだ。たった一回の切り札を切るような場面には到底思えない。


「ならば、今後そのような兵器が次々出てくると。閣下はそうお考えなのですか?」

「そうなるな。しかし、急に兵士達の練度を上げるなど出来はしないだろう。可能な限り戦いに秀でている者を選別し、グロウゴレムに特化した部隊を作れ。女王陛下には私から手紙を出し、諸侯に伝達する。いいな?」

「かしこまりました。閣下のお言葉は我らが女王陛下のお言葉。国の為に尽くす貴方様の言に異論はございません」

「すぐに取り掛かり、万全を期す事を誓いましょう」


 二人ともお父様に深々と頭を下げた後、速やかに退出した。

 一切の淀みのない動きに感心すら覚える。ダークエルフ族についている愚者がいるのと同じように、真に国の為に動ける人がいる。それがまた心の中に溜まったものを落としてくれるような感じがした。


「エールティアもご苦労。お前の情報を元に今後の対策を立てていくとしよう」


 優しげに笑うお父様は、彼らに指示を下していた時のような威厳のある表情ではなく、私の知っている優しいお父様に戻っていた。


「いいえ、お役に立てたなら光え――」


 今もまだ誰が聞いているかわからない。そんな事を思って外行きの話し方をしていたけれど、お父様は少し悲しそうに眉根を下げて笑っていた。だから私は、その言葉を飲み込む。


「お父様の力になれるなら、嬉しいですわ」

「ふふっ、ありがとうエールティア。今度久しぶりに一緒に食事をしよう。アルシェラも、な」

「はい」


 久しぶりの親子の会話としては味気ない。でも今はそれでいい事にした。長く話さなくても伝わるものはある。

 私の事を心配しているのに口に出さない。そんな気持ちはちゃんと伝わっている。


 だから……今はこのままでいい。戦いが終わればいっぱい話す機会なんてあるのだから。

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