463・一筋の光

 さて……今ヒュッヘル子爵は弱っている。精神的に疲れている彼は、どうしようもない現状を打開する手段を見失っている。なら――


「だけど板挟みになっている以上、関わるしか選択肢はありませんよね。なら……どちらかに付くしかないですよね」


 鋭い視線をヒュッヘル子爵に向ける。弱ってしまっている今でも彼は持ち直して力強い表情を向けてきている。目の奥に戸惑いがなければ完璧だっただろう。


「今からでもそちらにつけ……そう言われるのですか?」

「そうですね。不服ですか?」


 今、彼の目の前には二択の道しかない。リシュファス家を選んで今からでもダークエルフ族とか戦うか、ルーセイド伯爵について、彼ら共々滅びるかだ。


「簡単に従える程、物事は単純ではありませんよ」

「いいえ。シンプルですよ。私に滅ぼされるか生き長らえるか……その二択だけですもの」

「随分強気ですね。そう簡単に成しえるとでも?」


 強がってはいるけれど、彼には逃げ道は殆ど残されていない。既に大義はなく、むしろダークエルフ族の手先だと言われてしまえばこちらに正当性が出てしまう。


「少なくとも、トカゲの尻尾を焼き尽くすことくらい容易い事ですよ」


 努めて優しく微笑んであげるけれど、それ以上に威圧して彼の思考を削る。私の殺気をまともに浴びて冷静でいられるほど、彼の実力は備わっていない。

 貴族としての格もこちらが上。私の委任状や証拠もあって、いつ切られてもおかしくない立場にある。むしろダークエルフ族の確保に失敗しそうな彼は間違いなく捨てられる運命にあるだろう。


 ならばそこに生き残る道を用意してあげるのが私のする事だろう。もう今より状況が悪くなることはないのだから、後は彼がどこまで受け入れるかだ。そこで中途半端な態度だったら良い条件を引き出すことは出来ない。最上級の飴を上げるのだから、こちらが私がどこまで本気なのかを教えてあげる必要がある。


 案の定彼の警戒は一気に上がる。張りつめる空気の中、部屋の外にいる兵士達の気配すらピリピリとしている事が伝わってきそうな程の中、ジュールと使用人だけが気まずそうに行方を見守っていた。ファリスは……彼女は動じるという事が少ないから。


「安心してください。ここで何かしようなんて思っていませんよ。ただ、ヒュッヘル卿に知ってもらいたかっただけです。私がどこまで本気なのかを、ね」


 ここで私が淡々と交渉を進めたとしても可もなく不可もない結果に終わっていただろう。そんな事はさせない。少しだけたじろいだヒュッヘル卿だけど、そこはティリアースの貴族。なんとか持ち直してはいた。


「……なるほど。確かに効果的ですね。ですが、裏切り者を簡単に受け入れるのですか?」

「自分で言うのもなんですが、寛大な心をもっていますから。二度目はもちろんありませんけどね」


 微笑んであげると寒気がしているかのように身震いしたけれど、そんなに怖かったのだろうか?


「……わかりました。どうやら貴女に付く以外の方法はないみたいですし、大人しく従いましょう」


 どうなるかな? とも思ったけれど、要らない心配だったみたいだ。


「それでは今後は減税を実施してリシュファス領の商人も受け入れてくださいますね?」

「もちろんです。ただこちらも一気に下げる訳にはいきませんので段階的に……となりますがね。最終的には以前よりも少ない税で通行を許可するようにしますので、今は正式な文書の発行だけで許してもらえませんかね」


 ふむ……本当は今すぐにでも減税してもらいたいのだけれど、ここについては私が突き詰めても仕方ない。まだそういう交渉は早いし、彼らにも事情があるはずだ。後々実施するという言葉にはあまり良い印象はないけれど……ここで強気に出過ぎて反発されては元も子もない。


「わかりました。それは一度おか――アルシェラ様に報告後、判断してもらうという形になりますので、多少変わるとは思いますが……」

「それはこちらも理解しております。いずれアルシェラ様やラディン閣下とも会話の席を設け、詳しい話をしていきましょう」


 一応理解がある人で良かった。こういうのは難しい話は先に進めてしまうと後々不味い事になる。私自身が領地を治めている訳ではないのだから、直接携わるであろうお母様達に投げれる部分はそうした方が良い。


「それで問題ありません。……ヒュッヘル卿、今回の件は貸しさせていただきますね。いずれ返してもらいますよ」

「……わかりました。貴女様の善意がなければ、近いうちにこの領地を奪われ、どこかで野垂れ死んでいたでしょう。裏切るというのであればいい関係を構築していきたいですし、貴女様の仰る事なら私に可能な限り応えましょう」


 深いため息を吐きそうなほど疲れた顔をしているけれど、もうしばらく我慢してもらう事になるだろう。ここから協力を得られるなら、他の貴族との緩衝材の役割を果たしてくれるだろうし、多少はラントルオを用いた商売もやりやすくなる。いくらワイバーンが便利だからといっても国の中を頻繁に移動すればそれなりに費用がかさむものだしね。


 とりあえず今はこのヒュッヘル子爵から協力を取り付けた――それだけさえ達成できれば十分だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る