462・無知の人形

「まず、私に貴女からダークエルフ族を引き取るように指示を出してきたのはルーセイド卿です」

「ルーセイド卿……」


 確かヒュッヘル子爵領と隣合わせの領地を持っている貴族で、伯爵位を戴いている魔人族の男性だ。

 ヒュッヘル子爵も同じように魔人族で、リシュファス家に敵対しているから互いに交流があるのだろう。確か彼の領地にもダークエルフ族の拠点があったはずだ。それも子爵のところよりもずっと多い。ここが終わったら次に向かおうと思っていた場所だ。


「貴女がここに来たという知らせも彼の使者からいただいたのです。そして捕らえたダークエルフ族を引き取り、ルーセイド卿経由でリティアに移送するようにと」

「……リティアに移送? 何故?」

「そこまでは知らされていません。ただ、私は指示に従うしか道がありませんでした」


 道がない……なんてそんな訳がない。とはいっても、それは私の意見であり、彼からしたらまた違うのかもしれない。


「随分簡単に引き受けるのですね。もし失敗したらどうなるか……わかっているはずですけど」

「ヒュッヘル領は貧困に瀕した時、ルーセイド領の支援を受けていました。もちろん過去の話ですがね」

「その恩があるから……と?」

「いいえ」


 再び首を横に振った彼に思わず拍子抜けしてしまった。だって今の話の流れはどう考えてもヒュッヘル子爵が恩を感じてルーセイド伯爵の指示に従っているとしか思えない。


「ルーセイド卿はその事をかなり恩着せがましく言ってきましてね。事あるごとに私に命令してくるようになりました。断る事は出来たのですが、隣接しているのが彼の傘下にある貴族ばかりなので……」


 なるほど、大体読めてきた。

 ヒュッヘル子爵領はワイバーン発着場はなくて、ラントルオを用いた鳥車のみで交易をおこなっている。大体がルーセイド領かリシュファス領の交易頼りだ。かなり畑を広げているから自給自足をする分には問題ないけれど、それでは町や村が豊かにならない。必然的に鉱石やその他の資源を求めていく必要がある。


「……でしたら、聖黒族であるリシュファス家に助けを求めればよろしかったのでは?」


 たまらず口を挟んだジュールの気持ちもわかる。貧困を救った事で図に乗っていたのなら、こちらに援助要請をした方が良かったはずだ。

 するとまるでわかっていないと言いたげにヒュッヘル子爵は深いため息を吐いた。


「その時、私は同時に手紙を出したのですが、返事を寄越してくれたのはルーセイド卿だけでした。後々に知ったのですが、リシュファス領に行った使者は途中で死んでいました。殺された……と言い換えた方がいいでしょうかね」


 ジュールが息をのんで黙ってしまった。確かにそういう経緯があるなら、こちら側が何もしないのは無理もない。お父様なら知っていた可能性もあるだろうけれど、何も要請なく手を貸すのはまずない。周囲から何を言われるか分かったものじゃない。下手をしたら侵略行為だと悪辣な暴言を吐いてくる輩もいそうだしね。


「ちなみにそれはいつの話ですか?」


 ヒュッヘル子爵の領地が貧困にあえいでいたなんて知らなかった。少なくともここ最近のことではないはずだ。


「……ちょうどエスリーア公爵との決闘に敗れ、あの地へと追いやられてすぐの事です。その時から盗賊が頻繁に出没し始め、畑は燃やされ、商品や食料は奪われ――対処しようにも逃げ足が早くて捕まえられなかったのを今も覚えております」


 なるほど。その時なら私はまだ産まれていない。お父様が今のリシュファス領に来て五年後にお母様が身籠ったと聞いてるからね。しかし、そんな輩がね……。


「ティリアースで盗賊稼業なんて随分命知らずな人達だこと。その方々は――」

「もちろん捕まえ、リティアへと移送いたしました。それ以降は騒ぎも収まり、ルーセイド卿の助力のお陰で無事に復興を成し遂げたのです」


 まるでそれが絶望の始まりとでも言いたげな表情からは苦労の色が窺える。顔に出さないようにしていた彼が露にするほどの事が起こったのだろう。


 それにしてもおかしな話だ。私が生まれる前も少し調べた事がある。三年位前までだけど、そこから今まで盗賊がいた領地なんて存在しない。犯罪者がいない――という訳ではないけど、そんな一つの領地が貧しくなる程なんて有り得ない。


 ――これは何かある。


 はっきりと断言出来る訳じゃないけれど、一度覚えた違和感はそうそう消し去ることはできない。

 以前から頭を悩ませていた事はわかるけれど、そんな犯罪の温床になるような場所とも思えない。


「……どうかされましたか?」

「いえ。……取り敢えず、その一件でルーセイド卿に頭が上がらない――そういう事でしょうか?」

「そうなりますね。私としてもこれ以上関わりたくはありませんが」


 まあ、こんな事態になってしまった以上、そう思うのも当然か。同情する気はないけれど、多少は哀れに思う。

 だって関わり合いになりたくないなんて無理な話なんだもの。ここがリシュファス領とルーセイド領を始めとした敵対勢力に囲まれているのだから。それがわかっているからこその嘆きなんだろうけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る