456・誰も操れない

 とりあえず拠点に残されていた鳥車を使って縛り上げた男達を積み込む事にした。元々大量の物資を載せて移動していたみたいだし、大きさは十分に確保できるからだ。後は誰がラントルオの手綱を握るかだけど、それが大問題だった。

 まず誰も鳥車を操った経験がなくて、ジュールは私と【契約】するまではラントルオを目にしたことはあっても実際乗ったり触ったり……知識としても微妙な感じでどうにも頼りがない。学園では鳥車に乗る訓練も存在するけれど、あれは三年生になってからだ。一年、二年は自分達の力を磨くことに集中しなければならないらしいからね。最後の年の選択科目の一つだから必修ではないけれど、貴族の子供でも習っている子は多い。兵士になれば鳥車を運用する機会もあるし、その国の重鎮や王を乗せる時に起用されれば……と考える人もいる。

 国の最高責任者が乗る鳥車の御者になるなんて普通の貴族にはまず叶う事のない名誉な事だからね。要人暗殺などの万が一を考えて戦えるだけの強さを要求されるのもどれだけ就くのが難しいか理解できるだろう。


 ……思考が逸れた。つまり、だ。二年生で止まっている私達はそんな訓練しているはずもない。ジュールと私の違いといえば、単純に知識量の多さとラントルオと触れ合っていた回数くらいでしかない。

 そして残ったファリスなんだけど……そもそもダークエルフ族が複製体に操縦技術を教える訳がなかった。鳥車を操る必要があるのは物資や兵士を運ぶ時くらいだろうし、そこで反逆の可能性がある複製体を採用するはずもないし、隷属の腕輪を使っても本人が知らない技術を使わせるのは不可能だし、叩きこんでも出来ないものは出来ない。だからと当然ファリスも教わってなかった。


 男達の内の一人を叩き起こして縛りを解いてから御者にさせる――そういう手もあった。実際ジュールから提案されたし。だけどそれで余計な事をされたら意味がない。下手をしたら無理な操縦をされて鳥車を横転させた隙に逃げ出すかもしれない。これが複製体の子ならまだ可能性があったけれど、聖黒族を憎んでいるダークエルフ族に説得なんてしても無意味だし、そんな事で時間を掛ける必要はない。

 なら結局、この三人以外で選ぶことは出来ない。一度戻ってお母様に相談した後、兵士を引き連れて戻る――という手もあるけれど、その間に彼らが目を覚まして逃げる可能性。応援が到着して解放される可能性……色んなデメリットを考えた結果、それは却下された。

 最終的に私達が採った方法は――ラントルオに一番好かれた人が鳥車を操るというシンプルなものだった。


 誰も経験がないし、それならいっそ言う事を聞いてくれそうな人に任せた方が僅かながらでも可能性はあるはずだ、という見解からだ。

 一人一人ラントルオに向かい合い、どんな反応をしてくれるか試す事になって……ファリスは蹴飛ばされそうになったのを避けて反撃しようとしていたところをジュールが必死に止めていた。

 彼女は自分の力を隠す事とかしないから、多分威圧されちゃったんだと思う。意思疎通の上手くいかない動物というのはそういうのに敏感だから。次に接触を試みたジュールは可もなく不可もなく。触る事は出来るけれど心を許していないというか……少し警戒されている感じがあった。だけどこれくらいなら問題ない。ずっとこのラントルオを扱う訳じゃないし、この場を乗り切れればそれで良い。


 町まで鳥車を運転するのがジュールに決まった――と思ったんだけれど、ファリスが私にも試して欲しいと言ってきたものだから仕方なく触れてみる。すると、なぜか私の手に顔を擦り付けて嬉しそうに「クルルル」と鳴いた。明らかに私に懐いているその姿を見ては、誰が見ても私が鳥車を操るべきだと思ってしまうだろう。


「……決まりですね」

「え?」

「鳥車の御者係はティアちゃんが相応しいと思うよ!」


 ジュールの言葉に嫌な予感がして聞き返したんだけれど、やっぱり一度決まった流れには逆らえないらしく、ファリスが嬉しそうに喜んで早速鳥車を見繕い始めた。


「わ、私で本当に良い? 大丈夫?」

「ラントルオがそんなに懐いてるんだから大丈夫だよ。それに……わたしじゃ駄目みたいだしね」

「ティア様の言う事なら聞いてくれそうな気もします。ですので、期待していますね!」


 ファリスはどこか恨めしい感じでラントルオを軽く睨んで、ジュールは尊敬のまなざしを向けている。

 そんな視線を向けられたら不安があるなんて言えず、結局引き受ける事にした。こんなやり取りをしている間にも、ラントルオは楽しそうに私に顔を擦り付けてくるし……なんでこんなに懐かれているんだろう?

 以前も特に動物に好かれていた記憶なんてないし、そもそもラントルオと触れ合う機会だって多くなかったんだけど……。


「はあ、あなた、私の事知ってるの?」

「クル?」


 私の質問にきょとんとした顔で首を傾げるその姿がなんとも愛らしくて、結局流れに乗せられるように鳥車を操縦することになった……という訳だ。

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