452・一方その頃のジュール(ジュールside)

 エールティアが拠点を攻略している頃――ジュールはファリスと一緒に森の近くまで来ていた。


「はあ……はあ……ティア様……走るの早すぎます……」

「流石だよねー。でもなんであんなに走ったんだろう?」


 二人とも不思議そうな顔をしており、エールティアが思っていた事など露とも気付いていない事が丸わかりであった。正確にはジュールの方は不満があるから感情がそちらを優先しているだけなのだが。

 原因の一人がいないとなると必然的にもう一人の方にヘイトが向く。それは仕方のない事だろう。


「……ファリスさん、本当にティア様と……その、したんですか?」


 多少恥じらいが混じっているのは、彼女がまだそれに関して全く経験がないからだ。エールティア一筋で所以の初心さだが、ファリスが意地悪そうに笑みを浮かべるのには十分だった。


「……ふ、ふふふ、聞きたい?」


 明らかに自分が有利だと思っている者が浮かべる勝者の笑み。見下ろしたように笑うファリスに気圧されたジュール。


「あの時の事は今でもはっきり覚えてるよ。わたしを見てきょとんとした顔してたから、ちょっと話ながら近づいて……そのまま奪っちゃった」


 てへっとでも言いそうな笑みのファリスに対し、唖然としているジュールは、非常にもやもやした気持ちで嬉しそうなファリスを眺めていた。


(わ、私だってまだ……それ以前にお話しとか以外したこともないのですけど……)


 自分はエールティアの契約スライムで、いずれ伴侶にもなる存在であると自負していた。現在の聖黒族は数が少なく、生活圏はティリアース以外存在しない。禁断の地と呼ばれている西の地方にならば僅かに可能性はあるだろうが、それは夢物語の話だろう。

 それだけ彼女達は数が少ない。種族の繁栄こそ彼女達の最大の役目。そして他種族の血が混じっておらず、純粋に聖黒族の血を磨き上げる事こそが至上とされている。聖黒族として本来の姿を取り戻す――それに必要な存在こそが、あらゆる種族の情報を体内に保有し、『契約』した主人の種族としての形を得るスライム族なのだ。男にも女にもなる事が可能なその特異性により、確実に聖黒族の子孫を残す事が出来る。自らの主の役に立つ事が出来る――それこそがジュールの誇りだった。

 最初こそは『契約』して新たに生まれ変わったせいか、子供のように感情が暴走して嫉妬深くもなっていたが……それも昔の話。精神的に大きく成長した彼女は多少の事では動じない心の強さを獲得している(と自分では思っているだけ)。

 そんな彼女を襲ったあまりにも衝撃的な事実に眩暈めまいがするのも仕方がない事だろう。


「あ、あの……それでティア様は……?」

「うん、ちょっとの間惚けてたから、舌を入れて思いっきりやっちゃった」

「し、舌ぁっ!?」

「柔らかったなぁ……」


 ぺろりと舌なめずりをして過去を夢想するファリスの隣で思いっきり頭を殴られたような感覚に襲われているジュールは、よろよろと数歩後ろに下がって項垂れていた。そんなところまで進んでいたとは思いもしなかったのだ。


 それはもう、ジュールが望んでいる関係を大幅に超えていた。ディープキスとは、彼女にとって恋人が行うそれを遥かに凌駕していたからだ。


「……ま、負けませんよ。いくらファリスさんでも、負けませんから!」

「あら? 今まで勝った試しあったっけ?」


 魔王祭でもぼこぼこにされ、そこからファリスの気まぐれで手を伸ばされた。それを取ったからこそ今の二人の関係があるわけだ。だからこそ、互いの実力はよくわかっている。エールティアに敗北した頃よりも成長しているファリスに対し、ジュールはまだまだ及ばない。それがわかっているからこその挑発。


「今はまだ勝てなくても……絶対に勝ちます! 私は――エールティア様の契約スライムなのですから!」


 エールティアのような絶対的な強さはその身には宿っていない。遥かな頂の上にいる彼女は未だ遠く、果てしない道が長く続いており、目指すべきすら満足に見えない。それでも彼女は歩いて行く。

 いつか――やがていつかは、未来の女王の隣に立っても相応しい存在になるために。自分こそが彼女に最も相応しい存在なのだと、その証を立てる為に。


「……ふふふ、わたしだって負けない。これだけは譲れないんだから」


 万が一自分を超える程ジュールが強くなるのであれば、それはそれで面白いだろうと考えているファリスだったが、エールティアに関しては一歩も引くつもりはなかった。彼女にとってエールティアこそが求めた存在だからだ。


 互いに不敵に笑い合っているが、彼女達は肝心な事を置き去りにしていた。

 こんなしょうもない争いをして決意を新たにしている間にも、エールティアが拠点でダークエルフ族を叩き潰している事を。


 もはや拠点に辿り着いたとしても間に合わない事態になっているのだが、それを知る由もなくエールティアの事について華を咲かせながら二人は森に入っていった。走り去っていたエールティアから遅れた事――彼女達がその結果の意味を知る事になるのはすぐ先の話だった

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