396・昔の自分(レイアside)
フレルアに案内してもらった資料室は、表のそれとは何もかもが違っていた。
表の取るに足らない本の数々に比べ、ここにはダークエルフ族が書いたと思われる本も数多く並んでいた。
最初は意気揚々と様々な本を読み漁っていた四人も、しばらくするとどんよりとした空気に包まれる。
「はぁぁぁぁぁ……」
長く深いため息をついたレイアは、うんざりするような視線を本に向ける。
「アルフ、そっちはどう?」
「……レイアの想像通りだよ」
同じように疲れ切った顔をしたアルフは、ゆっくりと首を左右に振る。
確かに書かれている事はどれもダークエルフ族という種族がどんな風に考え、何を為そうとしているのか知るのに有用な事ばかりだろう。
ただ、それも聖黒族と現エルフ族に対する恨みつらみがなければ……もっと有用性は高まっていただろう。
「感情は伝わってくるけれど、ちょっと……ね」
「二人とも情けないわね」
負の感情全開の日記を閉じて、嫌そうな顔をあげるレイアは、情けないものを見るような目をしているファリスを非難するように見ていた。
「ファリスはなんで平気なの?」
「こんなの、所詮負け犬の遠吠えでしょ。力じゃ勝てないから文句言ってるだけ。可哀想な存在の話なんて適当に聞いていればいいのよ」
言い切るファリスに対し、よくそこまで断言出来るな……と半ば呆れたレイアだったが、彼女の言っている事も存外的を得ているかも知れないと思い直す。
ここまで神経が図太くなければ、気持ちが暗くなってしまう。最悪、心に影響を受ける事もあるだろう。
「ファリスの言う事が最もベストなんだろうがな。そういう風に簡単に割り切る事なんて中々出来ないんだよ」
「それは惑わされちゃうからでしょう? こんな愚痴ばっかり書いてるのがティアちゃんの敵なんだよ。もう絶滅しても良いと思う」
「仮にも自分を産んでくれた種族だろう。思うところとかないのか?」
「貴方は『昔の幻としてわざわざ産み出してくれてありがとう。偽者の人生も素敵ね』なんて思う? ティアちゃんがいなかったら、すぐ死んでも良いくらい惨めな生命ね」
ばっさり吐き捨てるような言葉に唖然としたアルフだったが、ローランの方も妙に納得した顔をしているところから、これが二人の見解なのだろう……と思う事にした。
「複製体はみんなそんな感じなのかい?」
「いいや、そこのファリスがかなり特殊なだけだ。俺も死んでも良い……とまでは行かないが、やっぱり生きる意味が半減はするかもな。それは俺達だからさ」
「そうね。だけど、産まれてきて後悔している子の方が多いと思うわ。わたし達は所詮、聖黒族やエルフ族と戦うための道具。ダークエルフ族が嬲るための玩具でしかないもの」
「そんなこと――」
「それが彼らの求めるわたし達の存在意義。それに感謝するなんて、何度死ぬ事になってもごめんね」
アルフと二人の意見が食い違うのは、ある意味仕方のない事だと言える。アルフは自身の種族に誇りを持ち、両親を尊敬して過ごしていた。
対してファリスとローランは温かみのある生活など一切送ることなく、過ごしていたのは最低限の温度管理のされている牢屋のような場所。そもそもが違い過ぎるからこそ、生まれた考え方の相違だった。
「でも……少しは理解できるかも。今だから『違う』って言えるけど、昔の私だったら……」
レイアはファリス達と似たような環境で育てられたが、アルフのように両親は彼女の事を愛していた。だからこそどちらの気持ちもある程度汲める。逆を言えば、どちらにも寄らず中途半端とも言えるのだが。
「レイア……」
あまり踏み入れてはならない領域に行ってしまったと感じたアルフは、バツが悪い顔をして言葉を濁していた。
「……さあ、気を取り直して頑張りましょう。この本によると――世界各国に宣戦布告を終えた後、速やかにアールヴ族を殲滅……もしくは奴隷とすべく動く事。その後は周囲の国々を【隷属の腕輪】で奴隷化して、聖黒族の存在を地に堕とすって事。それだけわかったんだもの。調べれば他の事もわかるはず……だよね」
(本当は出来るだけ早くこの情報を持って帰りたいんだけど、約束の日にならないとティアちゃんは帰ってこない。だったらそれまで私達もこっちで頑張らないと……!)
改めて気を引き締めたレイアは、再び陰鬱な気分にさせられる本と向き合う。
そこには先程の暗さはなく、貪欲なまでに情報を求める姿があるのみだった。
「……レイア」
「さて、わたし達も負けてられないわね」
「そうだな。ほら、新しい本持ってきたぞ」
レイアに触発されるように本を読み出したファリスとローラン。陰鬱とした状態が続くこの空気をどうにかして打破しようというレイアの目論見は見事に達成される。
「……そうだね。僕達がやらないと、ね」
取り残される形になっていたアルフは、三人が頑張る姿に改めて自身を鼓舞する。
今ここにいるのは他の誰でもない自分たちだけなのだ。そんな風に思いなおし、わずかでも多くの情報を持ち帰るために四人は再び動き出すのだった。
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