372・意外な言葉

 告げられたその名前に戸惑った私達とは相対的に、あまりわかっていないアイビグ達。複製体のみんなもそれぞれ驚いていたりしているのだけど……私や雪風と同じような感情を抱いているのはファリスとローランの二人だけだ。


「四人の力を一つに合わせて複製体を作るって……そんな事が可能なのか?」

「知るか。だが、わざわざ嘘を吐く理由はないだろ」


 アイビグの質問にレアディは冷めた視線を向ける。

 確かにダークエルフ族同士の話で嘘を吐くなんて思えない。信憑性云々はさておき、最悪の事態を考えるきっかけには十分なっただろう。


「聖黒族に関係する四人。それを一つに合わせて作り出した複製体……その存在がもし本当なら――」

「なんだよ。あんたも疑ってんのか?」

「貴方の話だけしかないのに、全部を信じろと言う方が無理な話でしょう。全く信じてない訳じゃないのだから、それでいいでしょう?」

「……ちっ、ま、だろうな」


 最初から全てを信じてもらえるとは思ってなかったのだろう。舌打ちして不満そうにしている彼からは苛立ちや怒りの類を感じず、どことなく演技臭い。


「それで、どんな姿をしているの?」

「信じてくれるのかよ」

「半分、わね」


 不貞腐れるような態度を取っていたレアディは、深く息を吐くと思い出すような仕草を取った。


「黒い髪に銀色の目をしていた。背格好は聖黒族にしてはガキと大人の中間って感じだ。実力は見たわけじゃねぇが……ただならぬ力を感じた。ありゃ俺じゃ敵わねぇな」

「へえ……あんさんがそこまで言うなんて珍しい。こりゃ明日は雨ぇ降るな」

「はっ、言ってろ」


 二人で軽口を叩き合う姿は長い付き合いを感じさせる。互いを理解してるからこそって感じが伝わってくるみたいだ。


「レアディが認めるほどの強敵……ね」


 彼も決して弱いわけじゃない。実力は見てないけれど、立ち居振る舞いから強者のオーラを感じる。荒々しい感じは雪雨ゆきさめに通ずるところすらあるだろう。

 そんな彼が敵わないとはっきり認める相手――例え僅かでも知っておいて損ではないだろう。


「俺が知っているのはそれくらいだ」

「……もっと大勢いると思ったのですが、意外と少ないのですね」


 雪風の呟くような言葉に、私も同じように思ってしまった。

 何百年もの間、歴史の影に隠れて力を蓄え続けていたダークエルフ族が何故今攻勢を仕掛けたか? それは十分な力が備わったからだ。それなのに現れたのは僅かな複製体とアーマーゴーレムのみ。

 これではあまりにもお粗末と言える。


「いや、多分俺達が知らないだけだろう。俺が聞いた話だと、小さい集落をいくつ作って連携を密にしていたみたいだからな」

「俺も聞いた事がある。一つ潰されても、他のが無事なら体勢を整えやすいってな」


 それを聞いて少しは納得出来た。だからレアディ達も他の複製体の事を多くは知らないのだろう。

 この場にいないライニーの話が出てこないのもそれが理由だろう。彼らとは別の集落で産まれたから、レアディ達にも知られていないというわけだ。


「そうだな。俺もファリスもこの場にいる複製体のほとんどを知らないからな」

「まあ、知らなくても問題ないんだけどね。わたしにはティアちゃんだけいればいいもの」


 えへへ、と可愛らしく笑うファリスに、雪風が睨みを利かせるけれど……そこはもう気にしないでおこう。多分、下手に触ったら根深い問題に発展しそうな気がする。


「ええっと……そう、複製体と言えば、ライニーはどうなったの?」


 我ながら下手な話題の逸らし方だと思うけれど、出来れば彼女にも話を聞いてみたいと思っていたのも事実だ。まるっきり本心じゃないという訳もないのだから、まあいいだろう。


「あいつはまだ眠っている。当分起きる事はないだろう」

「……説得できたのね」


 ファリスが言うには、ローランに懐いていたらしいから上手く説得出来たと思ったのだけれど……彼の顔を見る限り、どうにも芳しくないみたいだ。


「ライニーはシュタインの酷いいじめに遭っていたからな。心に受けた傷は簡単には癒えない。あいつにとって、ダークエルフ族の連中は恐怖の対象でしかない。一緒に戦うというのは……まず不可能だろう」

「ふん、足手まといをわざわざ助ける価値なんてあったのかよ」


 レアディの嘲笑に怒りの瞳を持って応えるローラン。彼にとってもライニーは大切な人なのだろう。普段は見せないような強い怒りを彼から感じる。

 というか……貴方達、仲良くしろとは言わないけれど、もう少し穏やかに言い合いなさい。こんな狭い部屋で喧嘩しないでもらいたいものだ。


「レアディ。ローランには私が頼んでおいたのよ。あの時点では貴重な情報源になり得る子だったし、私達は少しでも多くの助けが必要だったの」

「それはち――」

「貴方は黙っていなさい!」


 否定しようとしているローランを一喝する。あんまり私らしくないけれど、こうでもしないと彼らは暴れ始めるだろう。わだかまりは残っても、今は大人しくしてもらうのが先決だ。

 私の一喝でローランはバツが悪そうな顔をして視線を背けたけれど、レアディはどこ吹く風だ。


 これは……多分またぶつかり合うだろうな。全く、なんでこう我が強い連中ばかりなんだろう。

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