335・副都への道

 ローランとの話が終わった次の日。宿の前で待っていると、鳥車を連れてローランが姿を現した。


「待たせたか?」

「いいえ、少し前に来たところだから、大丈夫よ」


 そんな恋人がするような問答を交わして、少しだけ笑みが零れる。

 今からの事を思うと不謹慎なんだろうけどね。


「姫の付き人……雪風……だったな。あの子は?」

「もう調べ物をして貰ってるわ」


 雪風に頼んで隠密行動に長けている私の監視役兼護衛の人達にも動いてもらっている。

 ……まさかお父様の隠密部隊のリーダー格であるフォロウが私に付いているとは思っても見なかったけれど。


 雪風との話し合いの時にいきなり割り込んできたのだから驚いてしまった。

 何が一番驚いたのかというと、私に一切気取られる事なく部屋に侵入してきた事だろう。


 誰かに聞かれたら不味いから最大限注意を払っていたし、魔導で周囲を警戒していたはずなのに、それを掻い潜って現れたものだから、思わず攻撃しかけてしまったほどだ。


 銀狐族の男性が乱入してくるなんて自体、想定してるわけがなかったからだ。

 ……まあ、お陰で心強い味方が出来たんだけどね。


 私の魔導すらも欺く程の力を持った隠密なんて、そうそう手に入るものじゃない。彼のお姉さんであるフィンナなら出来るだろうけど。

 彼女の能力はフォロウより僅かに秀でていると聞くしね。


「そうか……なら、俺達二人になるのか」

「あら、不安なの?」

「まさか。心強いのには変わりないさ」


 厳密に言えば一人じゃないんだけど、そこは彼には伝えないでおこう。気付かない方が悪いんだしね。

 こういうところに実戦経験の差が出ているのかもしれない。


 丁寧に鳥車の扉を開ける所作は結構サマになっている。少しだけ気分を良くして、鳥車に乗りこんだ。

 流石に今まで乗ってきたのとは大分見劣りするけれど、そこに文句を言っても仕方がない。

 少々座り心地の悪そうな席に腰掛けて、鳥車が動くのを待つ。御者がいなかったからローランが代わりを務めてくれるのだろう。


 動かない景色を眺めていたら、ゆっくりと鳥車は進み始めた。がたがたと揺れる車内に不満を抱えながら、遠くにある敵地の事を考える。

 ローランの言っていた黒い泥については一切わからない。本来ならもう少し情報が集まるまで待っておきたいところだけど……ファリスの状況がわからないのだから仕方がない。


 余計な事を考えずに、今はただ、居心地の悪いここで大人しくしていよう。

 この選択がどう出るかなんて……まだわからないのだから。


 ――


 副都への道はいたって平坦で、綺麗な冬景色以外特に見応えもなかった。

 もしかしたら何か仕掛けてくるかもしれない……そんな風に思っていたけど、流石にそこまでは気が回らなかったようだ。

 随分と拍子抜けだけど、そこまで気にしていたらもう少し注意して行動に移すだろうしね。


 御者台と車内が繋がっていないタイプの鳥車だからローランと話をする事も出来ないし……結局暇を持て余してしまって、ファリスやシュタイン……それと黒い泥について考える事になる。

 ライニーに不意を突かれてって話だったから、少なくとも複製体が他にもいるはずだ。


 それらとも戦う事になるかもしれない……そうなると激戦が予想されるだろう。

 だけど問題はない。何が来ても私は負けない。必ず勝って、ファリスを救う。


 今までずっとそうしてきた。自分の力を信じて戦い続けた。

 これから先も変わる事はない。


 ――気付いたら遠くに副都マルヒュイムの街並みが見える。雪と白に染まった景色に灰色の建物が溶け込んでいるようだった。

 砦のようにぐるりと城壁を取り囲んでいるそれらは、王都と違って軍事目的も兼ねている事がすぐにわかった。


 あそこはどちらかと言うと諸外国の貴族達を招いたりするのに使用されているのだろう。そう考えると、こっちは堅牢な砦と呼ぶのに相応しい。目的と構想が違うのがよくわかる。

 門の方には兵士が守っていて、ローランがいくつか受け答えをして、そのまま町の中へと入る。


 そこからしばらく速度を落としたまま進んで、鳥車を停められる場所まで行って――ようやくこの空間から解放される事になった。

 扉が開いて降り立った大地は王都と変わらない。当たり前の事なんだけどね。


 だけどここには違った活気がある。なんというか……どこか穏やかな顔つきの人が多かった。

 鳥車の中から眺めるだけでも十分に伝わっていた。安心しているというか……気が緩んでいるように思える。

 城砦のような場所のはずなのに、中は平穏そうな都市部をイメージさせる。よほど統治者が優秀なのだろう。


 こんなところに間諜が入り込んでるなんて中々考えられないだろう。外も中も兵士たちが目を光らせていて、犯罪でも犯そうものなら直ちに捕らえられてしまうだろう。


「想像していた場所と随分違うのね」

「ここを任されている貴族は有能だからな。犯罪者にとっては居づらい街……だけど、要は悪い事しなければ暮らしやすいってことだ」

「……スパイ行為は悪い事じゃないの?」

「それを知ってるのは俺達だけだ。兵士達は何にも知らない」


 要はバレなければ犯罪じゃないって事か。なるほど、それなりに的を得ている。

 目立って悪い事をしなければ……ってところに闇を感じるけど、今は気にしてる場合じゃない。

 私達の目的はあくまでファリスなのだから。

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