291・かつて弱者だった者(レイアside)

 先程まで激闘を繰り広げていた二人は、今度は打って変わって静まり返っていた。

 それは嵐の前の静けさ。これから最後の戦いが吹き荒れる予感を抱かせるほどだった。


『レイア。よくぞそこまでの力を身に付けた。それでこそ、黒竜の血を引く我らの――』

『ふん。散々愚弄しておいて、己に敗北が見えた途端にそれか。どうやら、貴様の誇りとやらは随分軽いようだな』


 素直に実力を認めようとしたアルフを、レイアは鼻で嘲笑った。

 彼女にとって、アルフに認められる事など大事ではなかった。彼を打ち倒し、自らの力を知らしめる。そうしてこそ、初めて弱者だった自分から抜け出せるのだと信じていた。


『……なるほど。ならばこれ以上語る言葉なし。疾く逝くが良い!』


 アルフは自らの人造命剣ドラゴニティソウルを掲げ、レイアへと飛翔するように飛び出す。尋常ならざる速度で駆け抜ける彼を、レイアは静かに見ていた。

 不思議と心が落ち着くのを感じている彼女は、なんの恐怖も感じていなかった。


(見せてあげる……! 私の、全力を!!)


『【人造命冠・パイウィソーク】!!』


 発動と同時にレイアの頭上に透き通るような透明な冠が姿を現す。彼女の頭上に浮かんでいるそれは、静かな輝きをたたえていた。

 人造命具が出現した一瞬、アルフは驚愕に染まった顔をしていたが、それを振り切るように振り上げた人造命剣ドラゴニティソウルは、アルフの意志に応えるかのような勢いを付ける。


 死が迫るほんの一瞬。油断したわけではない。勝ちを確信したわけでも、侮っていた訳でもない。それでも――アルフは吹き飛ばされていた。


『な……にぃ……!?』


 何が起こったかわからないといった表情を浮かべていたアルフだったが、改めてレイアの方を向いた彼は、合点がいったような顔をしていた。

 レイアの周囲を白い球体が複数浮いていて、それらが彼女を守るように取り囲んでいた。


『……征けっ!!』


 レイアの指示通りに動いた球体は、半数が攻撃。半数が防御に割り当てられていた。攻守を同時に行える【人造命具・パイウィソーク】は、魔力がある限り発動する事が出来る武器だった。


『【ドラゴニックフレア】!!』


 突然の攻撃に翻弄されてしまったアルフは、体勢を整える為に後ろに下がったが……それはレイアにとって最大の好機となった。

 迷わず放たれた魔導によって追い詰められたアルフ。とっさに人造命剣ドラゴニティソウルで防いだが、その間ですら白い球体が襲い掛かってきて、彼の身体を傷つける。


『ぐっ……くっ……』

『【フレアーズシャイン】!!』


 畳みかけるように放たれる太陽のように燃える炎の球の嵐。それを掻い潜るアルフは、次第に傷がつき始めてしまう。

 先程まで押されていたレイアだったが、今度は追い抜かすように畳みかけられ……苦戦を強いられてしまった。


『こ、の……調子……!』


 レイアの良いようにされている自分に焦りが浮かび、それがやがては隙を作る。


(このまま続ければ押し切られてしまう……! ならば――)

『【人造命盾・ウルブライド】!!』


 もはや出し惜しみはしない。そう言うかのように、青白い騎士の紋章を中央に刻んだ白い丸盾を掲げ、レイアが出現させた白い球体を防いでいく。しかし――


『【アクセルブレイズ】!』


 その合間を縫うように放たれたレイアの魔導に翻弄されてしまう。徐々に速度を上げる炎が複数放たれ、今度は白い球体がそのうちの一つを吸収してしまう。

 そして、その球体は炎の龍となり、大きく空へと舞い上がり――アルフの頭上目掛けて、まっすぐ落ちてきた。


『くっ……随分使い勝手のいい人造命具ではないか。よもやこれほどとはな』


 自らの頭上から降りていく炎の龍を眺めながら、アルフの心の中には感嘆の気持ちが湧き上がっていた。

 アルフは二つの人造命具を駆使して、ようやくレイアの【人造命冠・パイウィソーク】と互角に渡り合えていた。それだけ、レイアの魂は強く輝いているという事だった。


『だが、この誇りが曇る事は決してない! 光り輝け! 【ウルブライド】!!』


 アルフの人造命盾は、自身の名前を呼ばれると同時に脈動し、騎士の紋章が青く光り出す。

 それをレイアに向けてかざすと――青く白い光線が彼女に向かって襲い掛かった。


 レイアは慌てる事もなく防御に白い球体を使用するが、それら全てを突き破って【ウルブライド】は一直線にレイアを焼き払おうと突き進んだ。


『ちっ……』

『誇り高き黒竜人族の皇子として! ドラグレフを継ぐ者として! ここで負ける訳にはいかん!!』


 アルフの精神力を注ぎ込んで放たれた、魔力と精神力を複合して生み出された魔導は、並大抵の物は全て燃やし尽くす程の威力を誇っていた。エールティアが思わず感嘆の声を上げるほどの魔導。それを一身に受けかねない今の状況でも、レイアはむしろ笑みを浮かべていた。


(すごい……流石アルフ皇子。昔の私なら、数分も持たずに負けていた。だけど――今の私は違う。私はまだ、負けていない!)


【パイウィソーク】によって生み出された白い球体を次々と撃ち抜いて迫ってくる【ウルブライド】は、レイアを完全に包み込んだ。それは誰の目から見ても確実に命中したと言える程の正確さ。

 誰もがアルフの勝利を確信する中――肝心の本人は冷や汗が流れるのを感じていた。


 ――まだ終わっていない。


 はっきりとそれを感じ取っていたアルフは、【ウルブライド】が収まると同時に姿を現したレイアに、なんの疑問ももたなかった。

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