273・予選開始
魔王祭の予選が始まるまで、随分時間が掛かった気がする。
いや、結構な頻度でニュンターが遊びに来るから、短かったような気もするけどね。
あれからディエダムの外交官のクァータの使者が度々訪れて来たけれど、まるでタイミングを合わせたかのようにニュンターが遊びに来ていて、アリェンが仏頂面で断っていた。
なんとなく、彼女達が私をクァータに会わせたくないからそうしてるのだと思って、一度軽く聞いてみた。そんな事はないと否定していたけれど……こうも毎日遊びに来られたら、違うと思うのが無理な話だろう。
しばらくの間ニュンターと一緒にファルハイムを楽しんだ私は、ようやく本来の目的である魔王祭予選が行われる会場に足を踏み入れた。
「相変わらず……いいえ、前よりもずっと賑わいを見せているわね」
「それも当然でしょう。何しろ、今回の大会は話題性の高い選手が多いですから。最近では『一撃殺の女王』が有名ですね」
雪風の言葉から、飛んでもない単語が飛んできた。なんだろう『一撃殺の女王』って。非常に物騒な名前だ。
「あらゆる対戦者を一撃で屠る今大会きってのダークホース。今まで知られていなかった分、優勝候補に迫るのではないか? とまで言われている選手だな」
「……それはわかったけれど、何でさも当然と言うかのようにそこにいるのかしら?」
少し前から付いてきているのは気になっていたけれど、なんでアリェンがいるのだろう? 雪風も困惑したかのような視線を向けるけれど、彼は全く気にしていないようだ。
「ニュンター陛下が貴女方の決闘を見てきて欲しいと頼み込んで来ましたから、引き受けた次第です」
「女王陛下は見学に来られないのですか?」
「あの方も忙しいからな。ここに来られるなら、王太后様の目を盗まなければならない。そんな事をすれば、間違いなく予選決勝や本選は見る事が出来なくなるからな」
なるほど。だから今日は姿が見えないのか。最近はいつも会っていたからか、少し寂しい気持ちが湧いてきた気がする。
「その割には結構遊びに来られていたと思うのですが」
「その分、後で勉学に励んでおられたから、王太后様も許していたのだ。流石に大会中も同じ事をしていたら倒れるかも知れないからな。残念だが、諦めてくれ」
きっちり口調を使い分けながら話すアリェンの表情は微動だにしていない。あまりにも変化がないから、お面でも付けてるんじゃないかと思う程だ。
ニュンターが来ないのは残念だけれど、決勝は見に来れるそうだからその時に見てもらえばいい。それだけだ。
――
受付で予選参加者である事を告げた後、貰ったナンバープレートをしまって、出番を待つ。控え室には私以外には雪風しかいなくて、それなりに気を遣われているのがわかる。
会場がある方からは歓声が上がったり、悲鳴が上がったり……色々と盛り上がっているようだ。見に行こうと思えば行けない距離でもないのだけれど、そこまでして見たい試合もなかった。
しばらくの間、待機していると――
「エールティア選手。会場までお願いします」
予選のスタッフから声が掛かった。どうやら私の出番のようだ。
「それじゃあ、先に行ってくるわね」
「はい。エールティア様。ご武運を」
「ありがとう」
どんな時でも真面目に対応してくれる雪風にお礼をいいながら、私は静かに会場へと向かった。
もうすぐ決闘が始まる。そう思うと普通の人はどんな気分でいるのだろうか。所詮魔王祭本選前。予選の、しかも初戦だ。
変に気負うのも少し違うし、無駄に緊張するのも違うだろう。一体どんな気持ちで臨むのが良いんだろう?
なんて変な事を考えていたら、いつの間にか会場が目前まで迫っていた。
『それじゃ、次の選手の入場だ! まずは……最強の聖黒族! 優勝候補のティリアース次期女王! エールティア・リシュファス!!』
大きな歓声に包まれた会場の中に入ると、吹き荒れるように熱気が襲ってきた。
「エールティア様頑張れ!!」
「いけー! 戦えー!」
様々な声援が聞こえる。それに応えるように軽く手を上げると、更に声が大きくなる。こういうのは少し気持ちがいい。
司会・実況席を見てみると、見たことのない妖精族の決闘官がいた。実況の方も妖精族で、こんなところでもフェアシュリー感が出ている。
『対するは、ガンドルグの
実況の声と同時に姿を現したのは、大きな体格をした……熊獣人族の男の子だった。私の倍以上はある身体で、歩くたびにズシン、ズシンという音が聞こえてきそうだ。
「あんたがエールティア姫か。強いと聞いていたが、本当なのか疑わしいもんだな」
上から見下ろすような視線を感じるけれど、随分と自信家のようだ。確かに、私と彼とでは圧倒的に体格差がある。だけど……その程度の差なんて覆せるほどの魔力と経験が私にはある。
むしろ体格差だけを見て油断している彼の方こそ憐れむべきだろう。
「なら、試してみなさい。私が本当に強いかどうかを、ね」
「くくっ、はははっ! いいじゃないか。なら、教えてもらおうじゃないか!」
恰好付けるように大きな斧を振り回して、思いっきり柄を地面に突き刺した。
なるほど、威勢だけはいいようだ。なら、それがどれだけ無謀な事なのか……しっかりと教えてあげるとしよう。
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