271・女王との遊び
結局、ニュンター女王があまりにも熱心に言ってくるものだから、『ちゃん』付けで妥協する事にした。
逆に女王自身も同じように呼んで欲しい……なんて言われたけれど、流石にそこまで仲良くなってない……というか、他のみんなにもそんな風に呼んでないし、むず痒くなって恥ずかしくなる。
という訳で、私の方は呼び捨てにすることで勘弁してもらう事にした。
だけどそれで問題だと護衛の……アリェンが難色を示していた。
それはニュンター女――ニュンターが
まるで小さな子を相手にしている気がする。フェリシューアもティリアースと同じように学校と学園の二種類が存在するんだけど……どっちにも通ってなさそうだったし、本当は違うのかもしれない。
今度話す機会があったら聞いてみようかな。結構気さくだったし、普通に話してくれるだろう。
――
……つい昨日、そんな風に思っていたのを今思い出した。
「エールティアちゃん、どうしたの?」
「いいえ、どうもしないわ」
外のベンチで蜂蜜を混ぜ込んだアイスを上機嫌で舐めているニュンターの隣で、昨日思っていた事と、今朝の事を思い出していた。
昨日とまんま同じように訪ねてきたニュンターは、一緒にフェアヘイムの街並みを散策したいと言ってきて……退く様子がなさそうだから、護衛を付ける事だけを条件に一緒に行く事にした。
だから、今は雪風と堅物そうなアリェン。おっとりしているシュニアの三人を後ろに付けて、私達二人は少しだけ彼女達から離れて歩いていたという訳だ。
ニュンターはかなり好奇心旺盛で、自分が統治している国の町のはずなのに、目に見える物が新しいとでも言うかのようにあっちに行ったりこっちに行ったりしていた。
私達が持っているアイスも、そんな彼女が見つけてきた店で買ったものだ。そのまま食べながら歩こうとしていたから、行儀が悪いと近くにあったベンチに座って……今に至るという訳だ。
「アイス、美味しいね」
小妖精族が持つにはちょっと大きいアイスを両手で持って舐めているところとか、結局ちょっと口の端が汚れているところとか、本当に子どもっぽい。
「そうね。ほら、口元が汚れてる」
「んー」
仕方がないからハンカチで彼女の口を拭ってあげると、嬉しそうにしてて……終わったと同時にまた食べ始めて、拭く前と同じように汚れてしまう。……食べ終わってから拭いてあげればよかった。
朝方にいきなりやってくるところとか、強引に外に連れ出された事とか……その他全部含めて、妹というのは、こういう子の事を言うのかな? なんて思ったりしていた。
「そういえば、ニュンターは学園には通ってるの?」
「うーん。途中までは学校に通ってたんだけど、女王になってからは家庭教師の人かな」
まず見た目通りの年齢じゃないだろう……なんて思ってたけど、どうやらその幼い姿そのままらしい。そうなると、随分と幼い女王になる。とても政務をこなせるようには見えない。
「政治はやっぱり、代わりにしてくれる人がいるの?」
「うん! 今はまだ勉強中だから、おかーさまが代わりにしてくれてるよ! やさしいおかーさまなんだ」
母親の事を思い出す度に嬉しくなってるのか、にやーっとした笑みを浮かべていた。
それだけでニュンターがどれだけ母親が好きなのか伝わってくる。
「お父様は?」
「おとーさまも好きだよ! でも、あまり会えないの……」
「会えない?」
先程と同じように気持ちをぶつけてきたけれど、すぐにシュン……と落ち込んでしまった。もしかしたらやらかしたか? と思って後ろの二人を見ると、アリェンはわからなかったけれど、シュニアは気まずそうに視線を逸らした。
「うん……おかーさまが『ひとじち』に連れて行かれたって」
随分と物騒な事を言っている。しかも母親もその事実を知っている……という事は、国家絡みの出来事なのかも知れない。
「……そう」
ここで『大丈夫』だと言うのは簡単だ。だけど、そんな気休めが何になる? 私はまだ友達になったばかりで、ニュンターの事を何も知らない。内政干渉も甚だしいと言われたらお終いだ。手を出す事だって出来ない。
「だったら楽しかった事を教えてくれる? ニュンターが何が好きで、何が嫌いかとか、いつも何していて、どんな夢があるかとか。ね?」
だから、私はせめて楽しい思い出や日常を聞くことにした。深入りしても、私ではどうする事も出来ない。歯痒い事だけれど、それは私の役目じゃなくて……現女王の判断に任せるしかない。
「……あのね、あのね!」
一瞬だけきょとんとした様子だったニュンターは、すぐに笑顔を浮かべて矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。言いたい事が山ほどあるのだろう。時折詰まりながら、それでも一生懸命話しかけてくる彼女は、とても愛おしくて……すごく守ってあげたくなる。
そんな女王様の話を聞きながら、一日はゆっくりと流れていった。
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