225・学園生活の素晴らしさ

 共同訓練も終わって、メイルラの月も近くなった今日この頃。何にも悩まされない、普通の幸せと言うものを噛み締めながら学園生活を満喫していた。


「ティアちゃん、今日も楽しそうだね」

「毎日学園で授業を聞いて、放課後は散策したりお茶したり……平和でいいなって」


 教室の方で次の授業の準備をしながら、ちょっと楽しそうにしていると、リュネーが笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


 去年は変な連中に絡まれて、積極的に決闘をする事になったものだ。おまけに流れで特待生クラスに入ると、目つきの悪い先輩に絡まれて決闘……入学した最初と次の月だけで、もうお腹いっぱいになりそうなほど決闘をしたっけ。

 それが今年になって、随分と少なくなった。レイアが決闘を挑んできたくらいで、後は大体平和な感じだ。


 刺激を求めるような人生を送ってる人達からしたら、随分退屈な日常に思えるだろうけど、私にはぴったりなくらいだと思う。


「ティアちゃん。それちょっと年寄りくさいよ」

「別に良いでしょう? 戦いばっかりなんて、華がないじゃない」


 リュネーにそんな風に言われたら、ちょっと気にしてしまう。だけど、汗を流すばかりが青春じゃない。


「お前ら、そろそろ授業を始めるぞ」


 ベルーザ先生がやってきて、騒がしかった教室が一気に静かになる。


「今日の授業は――魔導。『人造命具』について教えようか」


 一年生の頃は魔導の在り方や発動の仕方。明確なイメージの練り方に魔力の集約の仕方を教えてもらっていたから、この流れはある意味当然か。


「せんせー、人造命具ってなんですかー?」


 一人の生徒が手をあげて質問をしたのを見て、今更感があったけれど、考えてみたら仕方のないことかもしれない。

 魔王祭に行った私達は存在自体は見たことがあるけれど、本来ならここで初めて触れる事だろうしね。


「『人造命具』とは、魔導の一種であり、一つの到達点でもある。自身の魔力と魂を結びつけて、形にするのがこの魔導だ」

「でも、前に同じ魔導を使う事は不可能に近いって言ってませんでした?」


 今度は別の生徒からの質問だ。確かに魔導というのは個人のイメージを現実に再現させる。だから、同じ『ファイアーボール』って魔導を発動しても、大きな火球だったり、火球が弾けて、複数の火球が飛んでいったりと様々だ。


 それを考えたら『人造命具』の説明は、唱えればそのままの意味で発動する魔法と同じように思えるだろう。


「厳密に言えば同じじゃない。過程は同じだが、結果は違う……それは魔導について語ったときに最初に教えた事だろう。『人造命具』で形にできるものは様々であるいは剣。あるいは鞭。また、あるいは鎌。それこそ千差万別だ」


 雪雨ゆきさめの【飢渇絶刀きかつぜっとう】やアルフの【ドラゴニティソウル】は同じ『人造命具』だけど、それぞれ違う。要はそういう事だ。


「基本的に『人造命具』は二つ。武器と防具を一つずつしか持てない。魂を形にするという作業は精神に尋常じゃない負荷を掛けるからな。下手をすれば廃人になって帰ってこれない可能性もある」


 ベルーザ先生の言葉に周囲がざわつく。確かに二つ以上からは素質が必要だ。廃人どころか、作った瞬間死ぬ。

 先生は魂と魔力を結びつけて……って言ってるけれど、その実は『自分の存在』を削って作り出す。


 要は神様が使う分け御霊みたいなものだ。それを人の身でやるのだから、いくら万能の魔導でも相当の負荷を強いる。


「安心しろ。最初の一つで死ぬ事はない。今までそのような事故も起きた事がないしな。ちなみに、初代魔王様は四つの『人造命具』を扱えたと言われている。確か……初代魔王様は『人造装具』と呼んでいたはずだ」


 その言葉に思わず目を大きく開いて、ベルーザ先生の顔をマジマジと見てしまう。幸い、私の視線に気づいていなかったからすぐに元に戻したけれど……『人造装具』という言い方は、転生前の世界で戦った勇者――『白覇びゃくはの勇者』と呼ばれていた男しかしなかった。


 だから、よく覚えてる。どこまでも人のことを愛していた愚かな……そして、私が初めて心惹かれた男。

 目を閉じて、少し思い返すと今でも思い出す。魔物共の力で築き上げた城。その中で戦った最強の勇者。


「……ティ、ア。エー……ティ……」


 もし初代魔王様が彼なのだとしたら……今現在を生きているローランは一体なんなんだろう? そっくりさんにしてはほとんど生き写し。余計に謎が深まる。


「エールティア!!」


 突然大声で呼ばれて驚いた私は、魔導を発動――しかけて、ベルーザ先生が呆れた顔をしているのが見えた。


「先……生?」

「熱心に考え事をするのは良いがな。もう少しこっちの話にも耳を傾けろ」


 ようやく現実に帰ってきた私は、今の状況を理解して――


「すみませんでした」


 頭を下げて魔導を放とうとした手を下す。


「……さ、授業を続けるぞ」


 訝しむように私を見ていたベルーザ先生は、授業に戻った。

 危なかった。ちょっと真剣に考え事をしすぎてしまった。


 またリュネー達に心配されないようにしないといけないのに……これじゃ、先が思いやられそうだ。

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